橋本勝の風刺マンガ 「地球をかこむ原発の輪」

地球をかこむ原発の輪 

それは地球上にある450基あまりの原発による
危ない輪

それは原発を売って儲けをたくらむ先進国の
原発の利権の輪

それは核の平和利用とかにより進められた
核の愚かな神話の輪

それはクリーン、安全、経済的ということで推進されてきた
原発の嘘の輪

それはヒバクの危険をおかして働く
原発労働者の輪

それはスリーマイル、チェルノブイリ、フクシマの次に
おこりかねない原発事故の輪

それは地球をおおう放射能の
汚染の輪

それはいのちの星地球を
死の星にかえる原発の輪

それは子どもたちの未来を閉ざす
20世紀の悪しき遺産の輪


米軍の監督義務を日本が負う

12月16日付「横須賀・イラク 女性や子供たちの叫び声」の続きになります。

 JR横須賀駅のすぐ前から展(ひら)けている入り江には、米軍の艦艇や潜水艦が碇泊(ていはく)し、すこし離れて海上自衛隊の艦船が並んでいる。
 わたしは、問題のキティホークを一目みたかったのだが、見当たらなかった。前日にどこかへ出航していった、という。 

 2006年10月20日、横浜市中区日本大通の横浜弁護士会館で、記者会見がおこなわれていた。
 元米兵に殺された佐藤好重さんのふたりの息子と彼女の婚約者とが、犯罪者の元米兵と日本政府を被告として、損害賠償請求の裁判を起こしたのだ。 
 在日米軍は、旅券、査証、外国人登録やその管理に関する日本の法律の適用から除外されている。米軍が基地の使用権、管理運営権、警察権などをもっているため、日本の行政警察権は、大幅な制約をうけている。

 だからこそ、在日米軍は、自律的統制を必要とし、米兵を監督する義務を負う。
 ところが、罪を犯す高度の蓋然性があるのに、上司がそれを予測し、防止する、という注意義務に違反する違法行為があった。 
 日米地位協定にもとつく「民事特別法」によって、米兵の公務中の違法行為による損害は、米軍に代わって、日本政府が損害賠償責任を負う、と定められてある。 

 記者会見に出席した山崎正則さんは、背筋のしゃっきりした人物で、いかにも篤実なバスの運転手の風貌である。被害者とは、職場で知りあっていた。
 損害賠償の裁判は、たいがいカネ稼ぎとの悪評を浴びがちだが、それも覚悟のうえ。 
 「二度とこのような悲惨な事件を起こさせないためにも、米兵個人を罰するばかりではなく、米軍の監督責任を追及したい」と彼はいう。 

 警察ははじめのうち、山崎さんを犯人と疑った。出頭させて、午前2時まで尋問し、家宅捜索までおこなっていた。
 一方、さっそくやってきた防衛施設庁の課長は、いくらでもいいから、ここに金額を書いてください、と領収書を取りだした。米兵の交通事故などでもよくやる手慣れたやり口である。 

 米海軍横須賀基地の前で写真を撮っていると、フェンスのなかから、警備を担当している、迷彩服姿の若い自衛隊員がでてきた。 
 「基地のなかは写さないでください。米軍を刺激しますから」 
 いつの間にか、基地のゲートさえ撮影禁止になってしまっている。これだけ、公然と日本の領土を占拠し、住民に被害を与えていながら、その存在自体が秘密の基地にされていく。にもかかわらず、若い米兵やアメリカ人家族たちが、その周辺をさかんにあるきまわっている。頭隠して尻隠さず、というべきか。 

style=  横須賀港には、2008年、キティホークに代わって、原子力空母「ジョージ・ワシントン」が配備される計画がある。
 約40万キロワット級の原発が、大都会のそばの海上に置かれることになる。軍事施設だから、原発よりもさらに危険だ。 
 2006年9月には、横須賀港の海水から、コバルト60などが検出された。出港していった原子力潜水艦から排出された、と推測されている。 

 米軍の極東・中東の軍事戦略に従属している日本の基地は、これから、米軍の世界戦略強化のための一方的な再編と日本を戦争にまきこむ日米共同作戦によって、ますますキナ臭いものになっていこうとしている。 
 2007年7月5日、横須賀市内のアパートで、日本人2人の女性が、19歳の米兵に刺傷される事件が発生した。

『痛憤の現場を歩くⅡ 絶望社会』金曜日、2007年9月


写真=横須賀に入港する原子力空母ジョージ・ワシントン、アメリカ海軍、パブリック・ドメイン

お知らせ 「いますぐ東電を破たんさせよう!─ 会社更正法の申請を」

総理大臣、経済産業大臣あてに要請書と、署名を提出します。第一次集約の期限は12月27日(金)ですが、東電による「総合特別事業計画」が出された場合などに、先行的に公表する場合があります。
次のサイトで、簡単に署名ができます。ぜひご協力ください。
https://ssl.form-mailer.jp/fms/dec38f39276436

内閣総理大臣 安倍晋三 様
経済産業大臣 茂木敏充 様
 東京電力福島第一原発震災により、多くの人がふるさとも生活も仕事も奪われ、未だに15万人以上の人が避難を強いられ、多数の人が2年9カ月もの仮設住宅での生活を余儀なくされています。各地では放射線による健康被害が懸念される中、福島第一原発では汚染水が垂れ流され、1〜3号機でメルトスルーした燃料デブリは手つかずのまま、廃炉への道は全く見えないばかりか、新たな地震による事故処理の破たんが心配されています。
 私たちは、そうした東電に対して日本政府が現在行っている、無尽蔵な血税の投入や電気料金の値上げを容認するといった甘い対応姿勢に断固として抗議します。今回の事故で最も責任を取らなければいけないのは、私たち市民ではなく東電です。さらに東電に投資して原発を推進させてきた銀行などの債権者も、事故の責任を取るべきです。しかしながら、逆に東電や銀行は、福島第一原発の事故処理部門の切り離しや不採算部門の分社化で延命を図ろうとしています。私たちは日本政府に対して、以下の要請を行います。
1.東京電力に会社更正法をいますぐ申請させ破たんさせ、株主や銀行にも法的責任を取らせてください。
2.柏崎刈羽原発の再稼働を前提とした東京電力の「総合特別事業計画」を認めないでください。
3.上記対応の一切の過程や内容を、全ての市民に対して情報開示することを約束してください。


■東京電力は「債務超過」を隠ぺいしています
 東電の2012年度3月末決算の純資産は8,317億円ですが、原子力損害賠償支援機構からの交付金(税金)3兆1,231億円を本来なら借入金として「負債処理」すべきものを、不当にも「特別利益」として計上し「債務超過」を隠ぺいしています。

■政府は東京電力にすでに「6兆円」を支援しています
 政府は原子力損害賠償支援機構を通して東電に対し、事故以来の2年間で損害賠償のための5兆円の交付国債と金融機関への返済のための1兆円の資本金の、併せて6兆円を支援しています。それでも東電は2012年11月の『再生への経営方針』で「賠償・除染の費用は一企業では対応できない」とし、政府に5兆円の支援要請をしています。

■東京電力は「損害賠償金」を払い渋っています
 原子力損害賠償支援機構から東電へ2013年3月末までに支払われた賠償金は2兆3,513億円ですが、被災者の手に損害賠償として支払われた額は1兆8,536億円にすぎません。東電は「債務超過」を避けるために、幾多の苦しみを背負い生きている被災者に支払うべき賠償金の実に4,977億円も内部留保し、巨額の払い渋りをしています。

■東京電力の柏崎刈羽原発の再稼働は許せません
 東電の破たん処理による債権放棄をおそれる金融機関は、その再建計画における収益見込みを「水増し」するために、柏崎刈羽原発の再稼働を迫っています。東電が自ら設置した原子力改革特別タスクフォースでも、福島第一原発事故の原因を「稼働率を経営課題としたこと」と反省していながら、収益目的の再稼働に走ることは許されません。

■東京電力では事故収束はできません
 この先何年かかるか、費用がいくらかかるか見通せない福島第一原発の事故収束事業は、経営を最優先する営利企業には不可能です。ましてや事故を起こした当事者の東電には、その財力も体力も能力もありません。福島第一原発の事故収束作業は、国の責任の下で世界的な叡智を結集したプロジェクトで取り組まなければなりません。
2013年12月22日


【呼びかけ】
東電を破たんさせよう!市民の会

【呼びかけ人】
東井怜(東京電力と共に脱原発をめざす会)、植松青児(東電前アクション)、うのさえこ(ハイロアクション福島)、大富亮(電気代一時不払いプロジェクト)、岡本達思、海棠ひろ(福島原発事故緊急会議)、海渡雄一(脱原発弁護団全国連絡会・共同代表)、河合弘之、木村雅英、木村結(東電株主代表訴訟)、紅林進、阪上武(福島老朽原発を考える会)、志葉玲(ジャーナリスト)、白井伊征子(eシフト)、杉原浩司(福島原発事故緊急会議/eシフト)、菅波完、高木章次(プルトニウムなんていらないよ!東京)、田中一郎、堀江鉄雄(東電株主代表訴訟)、満田夏花(環境NGO理事)、武藤類子、山崎久隆(たんぽぽ舎)、吉川真実[50音順]

【賛同団体】
東京電力と共に脱原発をめざす会、福島原発事故緊急会議、反安保実行委員会、唯足舎、さよなら玄海原発の会・久留米、脱原発大分ネットワーク、放射能ゴミ焼却を考えるふくしま連絡会、鮫川村焼却炉問題連絡会、放射能を拡散させない市民有志の会、夏ハゼの会(福島県田村市)、未来といのちを守る会、森のこや、かぶら屋、西屋敷、未来といのちを守る会泉州、原発を考える品川の女たち、ノーニュークス・アジアフォーラム・ジャパン、原発いらない福島の女たち、自然エネルギー推進ネット・光(山口県)、原発やめよう/つながろう関西・マダム会議、電気代一時不払いプロジェクト、脱原発の日実行委員会、東電株主代表訴訟、脱原発・東電株主運動、プルトニウムなんていらないよ!東京、ふくしまWAWAWA─環・話・和─の会

お知らせ 橋本勝『21世紀版 戦争と平和』

当ブログのレギュラー執筆者、橋本勝の新刊『21世紀版 戦争と平和』が、1月5日に七つ森書館より発刊されます。ぜひご高覧ください。

21世紀版 戦争と平和

「生きにくさの時代」―― みえない「敵」の前で

 「生きにくさ」というキーワードがだされてるんですけど、わたしたちは敗戦以来、一生懸命働けば時代はよくなるし、生活も向上していくという、約束された時代のなかで生きてきたと思うんですね。
 わたしは1938年生まれで、敗戦のときに国民学校一年生ですけど、だいたい、そのあと、団塊の世代の人たちぐらいまではそういう思いがあって、事実、どんどん経済的に向上したと思います。でも、いまはそういう「いい時代」を経験していない若者たちがほとんどになってしまった。まったく時代が変わったと思います。 

 オイルショックがひとつの契機になるのでしょうか。1973年のオイルショックで、産業的にいいますと、ここから「雇用調整」とか「リストラ」とか「希望退職」という言葉が登場しました。
が、日本の企業は労組を捲きこんでは人員削減を徹底的にやって、合理化というのをやって、それで乗り切ってきましたから、そのままバブルにむかって、90年まで成長してきたわけです。
 90年以降に生まれた子どもたちというのは、ずっと低成長時代のなかで生きてきたのです。食べるのにはそんなに事欠かないというところではあったでしょうが。 

 ところが、2000年になる前ぐらいから、「フリーター」という言葉が蔓延してきました。いまは「派遣労働者」という言葉や、「ワーキングプア」という言葉が頻繁に使われます。現在、15歳から24歳の人たちの半分は、非正規社員、派遣や期間工です。この人たちは、経済がしり上がりによくなっていくという実感をもてないでいるでしょう。 
 「希望格差」という言葉がありますが、希望をもてない、将来の生活設計ができない世代といえるかもしれません。 

 わたしが中学生のころは「金の卵」といわれ、「集団就職」の時代とほぼ重なっていまして、大人の場合は出稼ぎ労働者というのが盛んになった時代なんですけど、そういう金の卵といわれた低賃金若年労働者、かれらも東京に来れば、幻想であれ、商店の経営者になるとか、町工場の経営者になるなどの希望をもてたし、実際それを達成した人もいました。しかし、ほとんどはそんな簡単に達成できないわけで、だんだん地価が上がってきたから、町工場も買えないというような状況になったんですね。 
 でもまあ、一生懸命やって貯金すれば、プレスの機械を一台買って、妻と二人でやるとか、下請けの仕事をもらったり、賃仕事をやって財産をふやしていくということも可能でした。床屋やクリーニング、時計屋や靴屋で修業したりして、集団就職の子どもたちは、挫折して帰る人もいたけど、それなりに一家を構える希望がありました。 

 いまはどうでしょうね、15歳で中卒だったら、ほとんどはじめから脱出できないでしょうし、高卒で働いてもフリーターになるくらいです。わたしは「一家に1人フリーター」といっているんですけど、時代が冷え切っている感じがします。
 いまは政治的な転換期なんでしょうが、転換が強くもとめられている感じですね。そこまで生きにくい時代は進行しています。
 生きにくい指標の最たるものは、98年から自殺者が11年間連続して3万2000人ていど発生していることですね。この11年間だけで35万人以上です。戦争状態ですね。
『いま、逆攻のとき 使い捨て社会を越える』大月書店、2009年5月


写真=レディー・ガガ(2011年7月), 彼女の踊りや歌、入れ墨、そして化粧、ファッションもすべて「生きにくさの時代」を象徴している。Eva Rinaldi撮影、クリエイティブ・コモンズ 表示-継承 2.0 一般ライセンス

本音のコラム 12/12/24「毒を食らわば」

 原発推進派の誘致運動を、わたしは「毒を食らわば皿までも」と表現してきた。原発が隣の村にできて、同じ危険になっても交付金支給では立地地域分と隣接分での極端な差がある。それならわが村にも誘致しよう、との声を聞いてきた。

 福島の事故があってなお、再稼働を求める「原子力マネー汚染村」のボスたちの声は、やはり「毒を食らわば皿までも」なのだ。
 原発の回復不能の症状とは、依存がどんどん深まることだ。ほかのことを考えるより、いまのままを願う。企業城下町の通弊とはいえ、害悪は公害の比ではない。

 原発誘致は貧しさからの脱却のはずだったが、村議や村長など有力者たちがおこぼれにあずかっただけだった。健康を犠牲にしておカネというのは、依存の極端な表現で、けっして豊かさの証明ではない。

 日曜日。東京での再稼働反対集会は、秘密保護法成立のあとだけに、怒りのこもったものになった。原子力基本法に「安全保障に資する」の一句が入って、たちまちにして、原発問題は軍事秘密になった。私は集会で、「愛国」などではない、「安倍亡国内閣」といって、大きな運動を呼びかけた。

 フクシマの傷口に塩を塗るような原発再稼働と「戦争のできる国」への逆走は、戦後民主主義のすべてを奪うもので、許せない。
(東京新聞 12月24日)

市民たちのメディアが力を持ち始めた

 大マスコミが急速に信用を失った理由は、(福島原発事故で真実を報道しなかったことの)ほかにもあります。どこか権力的で、透明人間的(中立的)で、市民感覚から離れてしまったのです。ですから、旧来の大マスコミに代わるものを求める声はますます高まってきて、それに対応する新しいメディアが現れてきたのです。 
 たとえば、フェイスブックやツイッターなどを通じて、さまざまな市民グループによる調査データが流れるようになっています。ニコニコ動画などの動画共有サービスでは、記者会見をノーカットで見られたりするのです。 
 「ソーシャルメディア」や「オルタナティブメディア」など、これらの総称はいくつかありますが、旧来のマスコミに代わるいろいろな「市民たちのメディア」ということができるでしょう。何千万人という人々が日常的に接する大マスコミからすれば、とても小さな規模ですが、大きな力を持ち始めているのです。 

 そのことを実感したのが、2011年9月19日に東京・明治公園で行った「さようなら原発1000万人アクション」集会(以下、9・19集会)です。 
 この集会は、わたしのほか、ノーベル文学賞を受賞した小説家の大江健三郎氏、経済評論家の内橋克人氏、音楽家の坂本龍一氏、作家の澤地久枝氏など九人が呼びかけ人になったもので、当日は、6万人を超える人々が集まりました。
 最寄りのJR千駄ヶ谷駅は、プラットホームまで人で溢れかえってしまい、危険を避けるため、電車が停止せずに通過したと伝えられています。 

記者会見 9・19集会に関しては、事前に二回の記者会見を開きました。初めは6月15日でした。集会呼び掛け人のひとりで澤地さんと内橋さんとわたしの3人が出席しました。このとき大きく取り上げたのは東京新聞だけで、ほかは少々。驚いたことに、朝日新聞や読売新闘の当日夕刊、翌日朝刊には何も載りませんでした。
 朝日新聞は、6月15日は記者が誰1人来ておらず、後で慌てて電話をかけてきて小さい記事にしたりしました。 
 次こそはと意気込んで、9月6日に2回目の記者会見を開きました。大江さん、日本弁護士連合会会長の宇都宮健児氏、集会呼び掛け人の1人で作家の落合恵子さんとわたしが出席して、9月8日の「さようなら原発講演会」と9・19集会について述べました。このときは、朝日新聞の記者が4人来たので、「今度は入るだろうね?」と尋ねたのですが、「いやー」と煮え切らない返事をします。
 結局、ようやく東京地方版に取り上げられたのです。わたしにいわせれば、ノーベル賞作家が原発問題で記者会見を開いたら、それは大ニュースですからきちんと扱うべきで、意識的に冷ややかでした。 
「人々に共感されるジャーナリズムを」『現代社会再考』水曜社、2013年1月

終わらない公害 水俣病

 『週刊金曜日』連載の取材で、水俣市にいった。この悲劇の町に、産業廃棄物の処分場がつくられようとしている、と聞いたからである。 

 水俣といえば、たちどころに、湯堂のちいさな入り江の遠景が浮かんでくる。1968年9月、政府による「公害病」認定のあと、わたしは、はじめて出かけていった。このとき、湯堂の集落に下りていく道から見下ろした入り江は、光り輝いていて、息をのむほどに美しかった。 

 民家のすぐそばに、小舟が係留されていたような記憶がある。今度いってみると、岸壁がつくられ、降りつづいていた雨のせいか、海は濁っていた。 
 ひとびとの暮らしを丸ごと引き受けていた湯堂や茂堂のちいさな湾は、石牟礼道子さんによって、「苦海浄土」と名付けられた。その悲劇が起こるまえは、「椿の海」と呼ばれていたのだ。
 その海から7キロほど、湯出川に沿って上っていくと、あちこちのがけのうえから、流水が激しい。小さな川は、激流になっていた。それが市内の水源になっている。
 

 その山のうえの開拓地が、ゴルフ場として買収され、最近、203万トンもの産廃を投棄する計画が、ひそかにすすめられているのがわかった。 
 市長には反対派が選ばれ、市民ぐるみの反対運動がつづいている。チッソの廃液で苦しんでいる水俣市民の頭のうえに、こんどは産廃を捨てるなど、並の神経ではない。
 東京新聞「本音のコラム」2006年7月25日
写真=熊本県水俣市にある水俣病資料センター、Photo by STA3816, Public domain
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