読者からのコメント 11/9 死刑制度、秘密保護法案


衣笠書林@猫の生活が第一さま
「『橋の上の「殺意」』 畠山鈴香との手紙」

 死刑賛成の意見が圧倒的に多い日本ですが、排他的競争を煽り焚き付ける社会の風潮が人々の犯人への復讐的憎悪を増幅していますね。そして異質な者を排除する「穢れ」の思想が無自覚に擦り込まれている。
 犯罪者への刑罰を「教育刑」と捉えることが人権意識の証明ですが。

--------------------------------------------------------------------------------
まりこさま
「スパイ防止法案再び。」

 今、国会を通過しようとしている「秘密保護法案」、他のことに隠れて陰が薄いけど、本当はとても大切な大切な法案なんだ。
 もちろん「法案を通してはならない」という意味で。
 これとよく似た法案が1985年に「スパイ防止法案」という名前でありました。
 当時、ワタシは法律事務所に勤めていて、ボス弁から「夕食、フランス料理につれて行ってやるから、友達も動員してきて」と頼まれて、友達とともに弁護士会のデモに参加した(笑)。
 そのボス弁は、弁護士会でそういう運動をしているときでも、そんな形で人を集めさせるようなことはしたことのない人だったので、かえって「そんなに大切なことなんだ」というのが伝わってきた。

 なんでもかんでも、クニに管理されることはいいことなんだろうか?
 しょっちゅう情報漏えいされたり、ハッキングされたりしてる人たちが管理しているコンピュータの中に、自分のすべての情報をインプットされていいんだろうか?
  ワタシはネットに本名さらすより、恐いけどなぁ。

「自民党の変質」 福島瑞穂との対談

11月3日付「生命を大事にする運動」に続きになります。

福島 社会のなかで、支援が必要な人を切り捨てていくという構造があります。それと弱くて少数である人たちは、まったく省みられることがない社会になっているではないですか。そういった弱いと思われる人間をバッシングする構造は、国会のなかの政治でも少し似ています。  
 私たち社民党がそうだから感じるのかもしれませんけれど、国会のなかで憲法九条をかえたくない勢力、あるいは有事立法に反対する勢力をなんとしても排除したいというハッキリとした意志を、露骨に感じるのです。 

 以前は自民党だって保守リベラルと呼ばれた一面もあったはずなのに、そこの部分が急激に小さくなってしまった。
 自民党は、国家主義的なところと保守リベラル的なところを両方持っている政党でした。だけど今では国家主義的なところしか見えてこないです。だから政党のなかの許容範囲もどんどん小さくなっています。 
 それからメディアの姿勢も、強いものにむかっていくのではなく、弱いものをたたく側にまわってしまっている。これはおかしいと思います。 

鎌田 民主主義を語っている以上、あまりひどいことをしてはいけないという、心のなかのブレーキが昔は強かったのです。
 たとえば1960年代初めのアメリカの公民権運動は、ブレーキをつくった運動だと思います。現実に差別は実在するけれど、それがない社会を目指さなくてはいけないとみんなが考えるようになった。運動とジャーナリズムの理想的な関係です。 

 日本国憲法の前文には「この崇高な理想と目的を達成することを誓ふ」という一文があります。そういう憲法に書かれている「崇高な理想」を、欺瞞だから引きずり降ろそうというマスコミが増えてきましたね。マスコミは権力に立ちむかうのではなく、悪乗りしすぎのおもしろおかしい報道ばかりしていて、ついに行き着くところに辿り着いてしまった。 
 石破防衛庁長官(当時)は報道陣に向けて、イラク国内での自衛隊の活動に関する報道の自粛要請を行いましたが、権力の側が報道の自粛を要請することは、それ自体が言論弾圧であって許されることではない。
 しかしそれを公然と言わせてしまい、さらに新聞協会や民放連は結束して猛然と抗議するわけでもなく、行儀よく取材するから情報をくださいとお上に頼み込んでいる始末です。
 「戦場」の現場で政府がかん口令を敷こうとすることと、報道の側が自分たちに一定のルールを課して取材を行うということは、別次元の問題です。それを日本のメディアは両方ごちゃ混ぜにしてしまった。

 イラクで自衛隊に不幸にも犠牲者が出てしまったら、マスコミは大々的に英雄としてあつかうでしょう。 
 しかし今の体制で、自衛隊が現地の民間人を「治安活動」の一環としての正当防衛で、殺してしまった時、果たして批判的に伝えることができるのか、はなはだ疑問です。なぜ報道機関として自分たちが存在するのかという、自分にたいする問いかけがなくなってしまいました。
『やさしさの共和国』花伝社、2006年9月

写真=福島瑞穂前社民党代表,多摩に暇人撮影, the Creative Commons Attribution-Share Alike 3.0

最近の新聞記事から 「民主党が秘密保護法反対へ」(編集部)

今頃になってようやく反対なのかとおどろくばかりですが、ともかく11日の時点で民主党は秘密保護法案に対して、与党との修正案の協議には加わらず、法案自体に反対する方針を固めました。

以下、毎日新聞からの引用
(民主党は)国会審議で、特定秘密の指定範囲のあいまいさに加え、秘密指定が永遠に解除されない危険性などが明らかになったこともあり、「最大の対決法案」と位置付け対決姿勢を強める方針に転換。「修正協議に入れば、早期成立を目指す与党ペースに引きずり込まれる」(党幹部)との懸念も背景にあった。ただ、民主党は与党時代に秘密保護法制を検討していたことから、修正案ではなく対案を今国会に提出するかどうか、審議を見極めて決める方針だ。

 秘密保護法案は7日に衆院で審議入り。政府・与党は21日までに衆院を通過させ、今国会での成立を目指している。自民党は日本維新の会との修正協議に入っているが、維新の会にも反対論がある。みんなの党は修正案の提出を検討しているが、与党が応じなければ反対する可能性がある。共産、生活の党などは反対を決めている。 
  引用ここまで

民主党も指摘しているように、この法案には秘密事項の指定範囲や秘密事項を決定する主体(=政権、行政)に対するチェック機能はゼロということです。つまり、政権がものごとをどのようにすすめていったとしても、国会も国民も知らされることなく、いつのまにかあらゆる政策が決まってしまうということです。
何度も指摘してきたように、これは1925年の治安維持法やドイツのヒトラーへの「全権委任法」レヴェルの全体主義的な内容を含んでいる法だといえます。ここには三権分立や知る権利などの人権といった民主主義的な要素はすべて追放して、恐怖で国民を縛る暗黒社会への階梯が仄見えます。
さらに違反は10年以下の懲役という刑罰も、実際の公務員の情報漏えいで最大6カ月の懲役しかなかったにもかかわらず、この厳罰化ですから、現政権がどういう社会をめざしているのか自ずと浮き彫りにされます。
民主党の方針転換は、確かに遅いものでしたが、まだ成立しているわけではないのですから、遅きに失したとはいえません。廃案に持ち込めさえすればいいわけです。衆参ともに国会勢力の半数以上を与党が占めている以上、廃案の実現は国会内だけではなく、広く国民の声を結集させていくことが不可避です。

明日11/14(木)には都内各所で、反対表明の一斉キャンペーンが行なわれます。また、11/21(木)は、日比谷野外音楽堂で大集会が開かれます。みなさんの参加を呼び掛けます。


★一斉キャンペーンデー 11/14(木)
●全体集合 18:00~19:00 新宿駅西口
●「秘密法ネット」16 : 00〜17 : 00 JR高田馬場駅
●「5・3憲法集会実行委員会」 16 : 00〜17 : 00 JRお茶ノ水駅・明大口
●「ふぇみん婦人民主クラブ・VAWW RAC」 15:30〜16:30 JR原宿駅表参道口
●「とめよう戦争への道!百万人署名運動」14 : 00〜15 : 30 JR有楽町駅前(中央口、有楽町イトシアの前)
●「平和と民主主義をめざす全国交歓会」18:30〜 JR北千住駅。署名および街角シール投票。
●「平和憲法を守る荒川の会」16:00〜17 : 00 都電・地下鉄「町屋駅」前
●「婦人民主クラブ」16:00〜17 : 00 JR千駄ヶ谷駅
● 田島泰彦・木下郁 呼びかけ 14 : 30〜15 : 30 西武池袋線「清瀬」駅南口
           16 : 00〜17 : 00 西武池袋線、新宿線「所沢」駅東口
●「秘密保護法反対!すみだの会」 18 : 00〜20 : 00 浅草駅・松屋デパート前
●「キリスト者平和ネット」 16 : 00〜17 : 30 JR阿佐ヶ谷駅南口
● 武蔵野市民有志 17 : 30〜18 : 30 三鷹駅北口



秘密保護法反対集会

平等主義の崩壊を促すあらゆる力に抗するために (続き)

11月16日付「平等主義の崩壊を促すあらゆる力に抗するために」の続きになります。

「経済競争に負けるな」という思想に負けた日本人

――日本の戦中、戦後の責任問題がメディアであつかわれなくなっているのと同様、教育現場でも平和教育の機会が奪われていますね。  

鎌田慧6 東京でいま問題になっている「日の丸・君が代」の強制など、かつてはとても考えられなかったことが平然とおこなわれています。石原は「東京革命」を掲げ、その一環として東京に日の丸を打ち立て完全に学校を制圧するつもりです。
 ところがメディアをはじめ、石原への反撃はとても弱い。抵抗は、いまや一部の教師だけになっています。それではまずい。 
 いま、憲法の問題などで「憲法九条を守れ」と大きくスローガンを掲げたりするけれど、それだけでは足りない。それぞれ教育の場なり、ジャーナリズムの場なり、労働や生活の場できちんと抵抗していく。その行動が九条の持っている平和主義を押し立てていくことになると私は思います。

――鎌田さんは、日本社会が、戦後六〇年を経て、ここに至ってしまった原因はなんだと思われますか? 

 結局、「経済競争に負けるな」という思想に負けたということでしょう。
 労働運動についていえば、労働者としてどう生きるのかといった根本的なことを突き詰めないで、賃上げ闘争が中心になっていた。
 マスコミの場合、テレビは視聴率競争、新聞・雑誌は部数競争が目的化していた。自分の労働を見つめない。つくる物と自分の関係を見てこなかったということですね。 
 教員も、文部省からの攻撃にたいして闘うとき、自分たちがどういう教育をしていくか、教師としてどう生きていくのかという姿勢がベースになかった。その間隙をつかれ、「人材確保法」で高い賃金が確保され、さらに意識が希薄になった。 

 経済的なモチベーションに支配されてしまって、結局、精神を問わなかったのが大きいと思います。 
 高度成長、バブルを過ぎ、いまそれがはっきりしてきた。構築してきたものは空洞だった。抽象的な話になってしまいますが、運動を担う者は、一人ひとり、どう生きていくのか、自分の生活と精神を問い直していく、その作業が必要なんだと思います。

鎌田慧『やさしさの共和国』花伝社、2006年9月


安倍政権になって、経済が上向いたという詭弁にすっかり振り回されている現在の日本だが、実体経済など少しも上向いていない。福祉の切り捨てや、派遣労働の拡大といった露骨な大企業優先の利益誘導政策とアメリカのバーナンキ路線を踏襲した札束を刷りまくるというインフレ政策によって、GDPなどの経済指数だけが一時的によくなっているだけで、それすら陰りが見えはじめている。
さらに、その根底にある望むべき「精神と生活」はいつしか忘れられ、理想とする社会や生活のイメージも渾沌としてきている。社会全体が、未来の方向を見失っているのである。その空洞に滑り込むように、戦前の亡霊が人びとの生活の隅々にまで入り込もうとしている。「日の丸」「君が代」、そして「教育勅語」の復活を狙う道徳教育。所詮亡霊は亡霊だが、ひとの精神や身体を退廃させる毒であるのはまちがいない。(KF)

記者萎縮、民主主義の危機 (「特定秘密保護法案に言いたい」)

 原子力発電所では今や、正門の写真を撮影しようとしただけで、警備員が飛んでくるのが実態だ。原子力基本法に「我が国の安全保障に資する」との目的が追加され、電力会社は実際には「軍事産業」とさえ言える。
 テロ対策を理由に出入りする車は車内を厳重にチェックされ、今でさえ原発内部の様子は分からない。
 東京電力福島第1原発事故でもあったように、実態を知るため身分を隠して潜入するのは正当な取材行為だと思う。

 だが、期間工として内部で見てきた過酷な労働実態を著した「自動車絶望工場」(1973年)に対しては、民間企業なのに、著名な評論家から取材法が「フェアでない」と批判された。
 91年には長崎県の雲仙・普賢岳の噴火取材で警戒区域に許可を得ずに立ち入り、書類送検された(起訴猶予)。だが、被災地の状況を伝えることはジャーナリズムの義務だ。
 「日本の兵器工場」(79年)では、正式に申し込んで取材したが、兵器工場では戦闘機、戦車、機関銃などの撮影も可能で、当時はそれなりに取材できた。しかし、当時でも数年後は困難になると感じた。

 実際、本格的なルポは90年代初めが最後だ。軍事産業の実態はますます分からなくなっている。
 特定秘密保護法案では人を欺いたり、施設に侵入したりして秘密を入手すると10年以下の懲役になる。正当な取材かどうかを判断するのは政府だ。規制して記者が萎縮したら、ジャーナリズムが支える民主主義は危うくなる。 
 
毎日新聞 2013年11月16日 東京朝刊 臺記者によるインタビュー記事

写真=雲仙・普賢岳、photo taken by Chris73 Wikimedia Commons

「経済競争に負けるな」という思想に負けた日本人

11月16日付「平等主義の崩壊を促すあらゆる力に抗するために」の続きになります。

(――私たちは言論にたいする権力側の圧力が高まっている現在の事態にどう対処すべきか。 
 一つは、NHKが公的機関として機能するよう要求を出したり、監視したりする運動をおこすことでしょうね。不払運動もはじまっています。 
 もう一つは、ミニコミもふくめ、あらゆる媒体で、右派ジャーナリズムと対決することです。黙認していてはいけない。すでに言論戦がはじまっています。むこうは露骨に攻撃を仕掛けているわけですから。)     
――日本の戦中、戦後の責任問題がメディアであつかわれなくなっているのと同様、教育現場でも平和教育の機会が奪われていますね。 

 東京で問題になっている「日の丸・君が代」の強制など、かつてはとても考えられなかったことが平然とおこなわれています。石原は「東京革命」を掲げ、その一環として東京に日の丸を打ち立て完全に学校を制圧するつもりです。
 ところがメディアをはじめ、石原への反撃はとても弱い。抵抗は、いまや一部の教師だけになっています。それではまずい。 
 いま、憲法の問題などで「憲法九条を守れ」と大きくスローガンを掲げたりするけれど、それだけでは足りない。それぞれ教育の場なり、ジャーナリズムの場なり、労働や生活の場できちんと抵抗していく。その行動が九条の持っている平和主義を押し立てていくことになると私は思います。

――鎌田さんは、日本社会が、戦後60年を経て、ここに至ってしまった原因はなんだと思われますか? 

 結局、「経済競争に負けるな」という思想に負けたということでしょう。
 労働運動についていえば、労働者としてどう生きるのかといった根本的なことを突き詰めないで、賃上げ闘争が中心になっていた。
 マスコミの場合、テレビは視聴率競争、新聞・雑誌は部数競争が目的化していた。自分の労働を見つめない。つくる物と自分の関係を見てこなかったということですね。 
 教員も、文部省からの攻撃にたいして闘うとき、自分たちがどういう教育をしていくか、教師としてどう生きていくのかという姿勢がベースになかった。その間隙をつかれ、「人材確保法」で高い賃金が確保され、さらに意識が希薄になった。 

 経済的なモチベーションに支配されてしまって、結局、精神を問わなかったのが大きいと思います。 
 高度成長、バブルを過ぎ、いまそれがはっきりしてきた。構築してきたものは空洞だった。抽象的な話になってしまいますが、運動を担う者は、一人ひとり、どう生きていくのか、自分の生活と精神を問い直していく、その作業が必要なんだと思います。
『やさしさの共和国』花伝社,2006年9月

写真=世界経済フォーラム会場(スイス・ダボス)クリエイティブ・コモンズ 表示-継承 2.0 一般ライセンス

国家と秘密

 あまりにも前のめり、常軌を逸している。どうしてこんな重大なことを、世論の反対を押し切ってまで政府は強行しようとしているのだろうか。
 テレビの討論番組で、自民党防衛族の中谷元氏が、「NSCと秘密保護法案とはセット」と語っていた。日本版NSCは米国の国家秘密を守る組織を真似したもので、与党多数の衆院であっという間に採決されたが、それと同時に準備されているのが、「国家秘密保護法案」だ。

 外交や防衛秘密を守り、テロ、スパイ活動を防止するための法律、という。この法律のあたまに「特定」をつけたのは、「戦略特区」とか「限定社員」とかいって、いままで法律で禁じられてきたことを、「ほんの一部、ここだけに限ってのこと」といい訳をして、いったんはじめ、どんどん拡大していく、戦略的やりかたである。

 これらは、規制緩和で企業活動や社員の雇用条件を自由化する方法で、たとえば、「労働者派遣法」などは、そのような戦術で適用範囲を拡大してきた。最初はプログラマーや通訳など「専門職」に限定し、それから幾つかの職種に拡大し、2004年に一気に「工場労働に」に応用、いまや労働人口中、非正規労働者三分の1と言う状態をつくりだした。さらに建設業や港湾労働や警備などの労働への規制も外そうとしている。
 このように、政治ははじめチョロチョロ、中パッパ、「既成事実」を隙を見定めて拡大していく手法を執る。

 「特定秘密保護法案」は、「なにが秘密なのかは秘密」と批判されているように、政府につごうが悪いことはすべて秘密にされる、と懸念されている。秘密の指定は行政の長が定める、という恣意的な法律である。それも罰則が最高10年の懲役、という。
 85年当時に自民党政府が準備していた「国家秘密法」は、最高が死刑だったから、それよりは減刑されたものの、この法律で「秘密」と「取締り」の窮屈な社会になるのは、容易に想像できる。

 世論調査でも、国民の八割以上が慎重な審議を求め、憲法学者の250人以上が反対を表明しているトンデモ法案である。最大野党の民主党は溶解状態で、反対を言えない中途半端が大きな災いとなっている。
 新聞は読売、産経以外は、社説で反対を唱えている。とりわけ、東京新聞は「議員の良識で廃案へ」と堂々たる社説を掲げている。国会が秘密に縛られ、議員でさえ処罰される、議会制民主主義の危機に無関心な国会議員の危機意識の欠如に、神経の覚醒を訴えたい。

 これだけ、無神経な国会議員がいる事態が、日本の秘密といえる状態である。1月8日の衆院国家安全保障特別委員会で、自民党の橋本岳議員が、「安全保障の問題で、国民に情報が与えられなければ、大本営発表の再来になる」と危機感を表明した。与党内部でさえ、良識的な議員なら賛成できない法案なのだ。
 「特定」どころではない、軍事、外交についてなら、なんでも秘密状態になりそうなのだが、怖いのは、秘密を防衛するための「取締り」である。

 内閣府特命担当大臣という、肩書きを持つ森雅子議員は、「正当な取材活動は家宅捜査しない」と弁明しているが、当たり前のことで、なにが正当で、なにが不当な取材なのか、それを警察が判断する。警察国家になることが心配なのだ。
 東京新聞は、法案中、36の「その他」がある、と批判、拡大解釈の虞(おそれ)を訴えている(11月8日)。有効な暴露である。
 安倍首相は、いままで集団的自衛権承認を拒否し続けてきた、内閣法務局長官のクビをすげ替え、NHK会長や理事もトモダチ人事で固めようとし、自ら「軍国主義者」を自称している。それでも自民党には、自浄作用はない。

 専守防衛の自衛隊を、米軍の後ろに付いていく「米衛軍」にし、その軍事作戦の秘密をちゃんと守れ、というのが、米政府の要求のようだ。 
 「美しい国」というなら、安倍首相よ。日本をふたたび、戦火に曝(さら)すな。

『先見経済』2013年12月号

写真=米軍の空襲で炎上する名古屋城(1945年5月14日)Japanese book Showa History of 100 million people: Vol.4 published by Mainichi Newspapers Company、著作権満了

本音のコラム 13/12/3 「党名変更のススメ」

 日曜日。冷雨の下でのデモだった。松山市での伊方原発再稼働反対集会に参加した。
 「ボクもフクシマの避難民」という、元宇宙飛行士の秋山豊寛さんのシイタケ栽培は、原発事故で全滅した。彼と並んで歩いて「再稼働反対!」の声を上げた。 

 デモの叫びもテロルと言い切った石破茂自民党幹事長の発言は、権力者の過剰な恐怖心を見せつけたが、その日の集会でも特定秘密保護法案を批判する声が多かった。 
 原発と防衛とを秘密と厳罰で結ぶ法案があらわれた。兵器工場で働くひとはいまでも「適性評価」を受け、「防衛機密」で口を封じられている。原発とその関連産業で働く人も、身辺を調査されている。それがさらに周辺に拡大される。 

 日を追って、秘密保護法案にたいする市民の怒りが強まっている。私たちは戦前の社会を支配した特高警察や憲兵隊の監視の目を伝えてこなかった。いま、その暗黒時代に戻ろうとしている。 
 この前世紀的な悪法を「問答無用」とばかり、また強行採決しようとしているのが、「自由民主、公明」を党名にしている傲慢与党である。
 自由民主、公明を騙(かた)って恥ずかしくないのか。「抑圧、独裁、暗愚」とその名を変えたらいい。

 やがて5年もすれば、この「民主主義抑圧法」または「言論弾圧法」に賛成した議員たちは、歴史に裁かれる。それは必定だ。
(東京新聞 12月3日)
↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。