ギリギリ日誌 10月11日(金)晴れ


 東電の非人間性

 猛残暑が続いていて、疲れが出ています。みなさん、お元気ですか。

 さて、今日の朝日新聞の第2社会面(35p)に 「東電、賠償書類227人分廃棄」の記事。
 驚くべき記事だ。いかに東電が賠償を鬱陶しく考えているか。粗末に考えているか、の証明なのですが、たった13行。

 第1社会面(37p)は、ほぼ5分の4のスペースを使って、三鷹ストーカーの記事。
 社会面が18歳の女性タレントが21歳のストーカーに殺害された記事で占められているのです。ストーカーからの防御は大事な警察の任務とはいえ、週刊誌のむこうを張って、こんな大記事にするのは、 大衆迎合の売らんかな根性そのもの。  

 残りの一本は、JR九州のの豪華寝台列車のチョーチン記事。一人56万6千円もする客室の宣伝記事(朝日の社員しか乗られない)で、写真が三枚も使われています。なにを間違えているんですか。 朝日社会部は。

 もう一本は、俳優の犬が住民に噛みついて、 賠償金1725万円の判決記事。
 古来、「犬が人間を咬んでも記事にならない。 人間が犬を咬めば記事になる」といわれてきた。 俳優の犬だから、お犬様が記事になったんでしょうが、まるで「朝日芸能新聞」あるいは「朝日犬の友新聞」ですね。

 驚いて「東京新聞」のページを繰ると、さすが、社会面サブトップ4段凸版見出し。
 飯館村被災者住民227人の名前、住所、登記簿などの写しを「誤廃棄」と記事。避難先にいる住民にしてみれば、 自分と故郷をまた捨てられた無念の思いのはずだ。
 本人たちのコメントがほしかった。

 東電よ、被災者を馬鹿にするな。
 社長は一人一人に謝れ!
 どこまで、被災者を馬鹿にするんですか。


写真=福島第一原発事故、2011年3月16日(Digital glove, Creative Commons Attribution-Share Alike 3.0 Unported license)

最近の新聞記事から 「核拡散防止条約 核不使用声明 署名へ」(編集部)

 日本政府が核拡散防止条約(NPT)への署名を表明したことを、多くの新聞が報じている。中國新聞は「核声明賛同 広島で歓迎の声」の見出しで、

 政府が、米ニューヨークで開会中の国連総会第1委員会(軍縮)で発表される核兵器の非人道性に関する共同声明に賛同して署名する方針を固めたことについて、広島の被爆者には11日、「よかった」「当然だ」との受け止めが広がる一方、被爆国として、声明に見合う核兵器廃絶への取り組み強化を求める意見も相次いだ。(10月11日)

 と報じている。とはいえ、4月のNPT署名を拒否した日本政府が、急に全面的方向転換をしたというのではない。今回の共同声明にある 「いかなる状況下でも核兵器を使用すべきでない」という文言が、アメリカとの集団安全保障政策と折り合わない。
 そこで、今回は「日本側が事前に働き掛け、拘束力がないことを確認することで折り合う見通しとなった」(中國新聞、同上)というのだから、核反対の線のなかに片足だけ入れてポーズをとっていると見えなくもない。
 
 
赤色がNPT未署名国、黄色は脱退国。Designed by allstar86
(GNU Free Documentation License)  

 しかし、核軍備に向けて一直線に突き進もうとする安倍・石破自民党政権に一定の歯止めがかかったのは間違いない。
 秘密保護法案にしても、公明党が求める国民の「知る権利」や「取材の自由」への配慮を規定した修正案を出してきた。安倍首相が国民の権利を極力抑え込もうとしても、先進国では異例の人権軽視の政策に対しては、さすがにブレーキがかかる。
 ただ、国民の監視の目がすこしでもゆるめば、ブレーキは外されてしまうことを忘れてはならない。運転している現政権のめざしている方向を考えれば、安心はできない。

 NPT署名に向け、舵(かじ)を切ったのは、岸田文雄外相である。
 「日本は核兵器の悲惨さを最も知っている。被爆地の思いを発信したい」(10月11日の記者会見)
 岸田外相は広島県選出の衆議院議員で、岸田派(宏地会)会長、三世議員で第一次安倍内閣でも内閣府特命大臣(沖縄及び北方対策、国民生活その他)を務め、第二次大戦時のアジア侵略時の日本軍の残虐行為を否定する歴史教育を考える会の会員でもあるので、安倍・石破ラインと近いように思われがちだが、かれらとは一線を画している。
 「自民党が右傾化していると言われるが、保守穏健派があると示すためにも、仲間の応援に飛び回りたい」(「衆院選:候補者の横顔1区・2区広島」毎日新聞2012年12月6日地方版)
 現在の自民党政権で主流となっている極右系勢力との違いを意識しての発言内容である。これまでの発言や行動をみても、核兵器廃絶への思いはつよく、沖縄の基地問題にくわしい。また古賀誠宏地会前会長のあとを受けて中国首脳とのパイプも深く、対中外交にも積極姿勢を見せている。

 アメリカ一辺倒ではなく、中国やロシアとも積極外交をすすめた政治家は、冤罪で貶められ、さらにマスメディアになぶりものにされ、失脚させられるケースが少なくない。田中角栄、中川一郎、小沢一郎、鈴木宗男など枚挙に遑ない。
 国民にとってあきらかに望ましい平和・友好外交を岸田外相がつらぬくことができるのか、わたしたち市民が注意深く見守っていく必要があるだろう。  

 来年広島で開催される非核保有12カ国による「軍縮・不拡散イニシアチブ(NPDI)」外相会合で議長を務め、核軍縮の重要性を訴えるメッセージを発表する予定という。さらに「広島と長崎への原爆投下から七十年に当たる15年の核拡散防止条約(NPT)再検討会議で具体的成果につなげる道筋を描く。同年には各国の政府関係者や研究者が集まる国連軍縮会議を広島で開催する案も検討している」(東京新聞、10月12日)。
 今回のNPTへの署名表明は、そうした一連の動きにむけての第一歩といえる。


写真=岸田文雄外相(U.S. Department of State in Washington, D.C. Public Domain) 

なぜフクシマから学ばないのか?

 電力不足になるとか、安全だとか、安い。これは、原発をはじめたときの論理そのままです。
 福島原発の原子炉内の状況が、どうなっているかわからない。
 原発の周辺に住んでいた人たちの家族は、散り散りになっています。故郷を追われて、二十年たっても、三十年たっても、帰れないかもしれない。そういう家庭が何十万戸もある。その中には、生活が苦しくなって、病気になったり、衰弱死したり、離婚したりする人もいる。 
 いろいろな悲劇が何十万単位であるわけです。そういう生活を無視して、政府と財界はまた電力不足になるだとか、経済がダメになるだとか脅しているのです。 

 しかし、この狭い日本に54基もの原発をつくったのは、電力不足という理由からだったのです。つまり、73年のオイルショックのあと、堺屋太一さんが『油断!』という形でオイルショックを表現しましたが、オイルに依存する生活が、将来、できなくなるだろう、石油がなくなって真っ暗になるだろう、と宣伝したのです。 
 もう、とんでもなく膨大な宣伝をしました。あと三十年たったら石油がなくなるとかいう宣伝でした。そういう本はいっぱいありました。たとえば、朝日新聞が「核燃料」という連載で、一方的に、原発を大礼賛する記事を書いたのです。そのときの基本のトーンは、三十年たったら石油が不足する、だから、安全な原発をつくらなくては、という言い方でした。 

 ところが、三十年たっても、一向に石油には不自由していない。ですから、石炭から石油に移行し、石油から原子力に移行するという、資本増殖の論理、まあ、会社の経営優先、あるいは、国際的なマネーの欲望によって、踊らされてきたわけです。 
 最近、経団連の会長でさえ、彼はよろしくない人で、フクシマの事故のあと「これまで、原発はいろんな地震に耐えてきた。だからすばらしい」とか言った、米倉会長ですが彼自身でさえ、東京新聞のインタビューで、「原発依存はやめる」「再生可能エネルギーが必要だ」とか言い始めています。つまり、原発依存には将来性がないから、これからは、自然エネルギーがビジネスチャンス、新しい産業になっていくという言い方をしているのです。

 「脱原発依存」という言い方があるのです。原発から手を引くというよりは、「依存」をやめる、という言い方で、政治家も、財界人も一致している。
 ただ、少しでも原発の寿命を延ばしていきたい。今ある設備をすこしでも長く使ってコストを下げていくけど、もう新しい原発は建設費が高いからつくらない。そのかわり、原発輸出で儲けよう、という戦略転換です。 
 彼らは血の一滴でもいいから、多く儲けていこうということだから、今ある原発を少しでも稼働させようとしているのです。だから、「脱原発依存」という言い方が出てくる。脱原発にはちがいないが、グズグズ、思い切りの悪いやり方です。 
 ここら辺は、菅政権のときから言っていて、それでも一応「原発に依存した生活から脱却していく」と閣議決定までしているのです。

菅直人とリラックマ 「脱原発」は、政府の方針にもなっていたのですが、問題は、いつまでにか、です。野田政権は、菅内閣よりも露骨に原子力産業(原発マフィア)とその労組に依存している政権でしたから、グズグズことを進めて、少しでも原発で稼いでいこうとしました。
 脱原発の動きと、少しでも原発を動かそうという動きとのせめぎあいで、そこを市民の運動で早く決断させよう、としているのが、現在の構図です。 

 憲法は、主権は国民にあると謳っているわけですから、わたしたちの意思決定で脱原子力政策を決めることができるのです。原子力から撤退する、エネルギーは原子力に依存しないという方針の決定権は、わたしたちにあるわけで、安倍政権にあるのではない。 
 今の政権にたいする抗議の動きは、原子力産業に従属した世の中から、市民が決定する社会へ脱却していこうという動きなのです。民主主義の動きに新たな道を開いてきたこの動きを、60年安保闘争のような挫折に終わらせないで、どう継承発展させるか、それが一人ひとりに問われている問題だと考えています。  

『石をうがつ』より(講談社、2013年6月)

写真上=Abassa「柏(千葉県)の放射能ホットスポット2012年2月18日」From Wikimedia Commons, the free media repository
写真下=藤崎啓撮影、「菅直人元総理とリラックマ」,衆議院議員会館2013年5月28日

パレードの思想 1(編集部)

 9月14日午後、まだ真夏の暑さがのこる亀戸中央公園の入り口周辺には、警察の十数台の装甲車が待機し、交通整理の警察官たちが緊張感を漂わせている。「さようなら原発 1000万人アクション」の秋の集会が都心を初めて離れ、東京の東の端、亀戸で開かれた。
 ところが、公園のなかの雰囲気はまったく違う。ふたつの区画からなる広々とした公園のいちばん奥に設置されたステージを、同心円状に囲むようにして芝生の上に座り、参加者はステージで奏でられている音楽に耳を傾けている。入口から遊歩道に沿って、お菓子やドリンク、その他雑多なものを売るブースが立ち並び、子どもづれの家族や若いカップルが買い物を楽しんでいる。休日ののどかな風景そのものである。

 亀戸中央公園1 パレードの出発2

 やがてスピーチ。原発再稼働の申請が予想されている5つの地域の団体代表者、それから大江健三郎・落合恵子・鎌田慧、呼びかけ人三氏がステージに上がる。みな再稼働の危険性を語り、阻止をつよく訴えかける。集会が佳境に入るにつれ参加者はさらにふえ、芝生の広場を取り囲むように生えている木立の下にも多くの人が連なっている。スピーチが終わり、浅草方面と両国方面のふたつのコースに分かれて、パレードに移る。1万人ほどの参加者の切り替えは迅速だ。集会だけで帰る人は、ほとんどいない。
 呼びかけの三氏が「再稼働反対」と黒くかかれた黄色い幕をかかげて先頭に立ち、パレードが動きはじめる。報道陣のカメラから一斉にシャッター音がひびく。
 
 隅田川周辺でこうした行進が行われるのは1960年の安保闘争の時以来だ、参加している地元の商店街のお年寄りが感慨深そうに言う。半世紀をへて、いま市民が再び直接、社会にむかってじぶんの声を上げはじめている。
 この10年間、政治権力がみずからを「国家」と名づけることが増えた。それは、国民の代表としての政権ではなく、国民と対峙する強圧的な権力、そして国民のための政治ではなく、国家権力のために国民が奉仕する政治へと強引に舵を切ってきた。もはや従来の「事なかれ主義」では取り返しがつかなくなることに、市民が気づかないわけにはいかない。
 
 原発が今もたらしている破滅的な状況、さらにもういちど原発事故が起きれば、この国は存続しなくなるかもしれないという怖れ。
 隠喩としての原発。それは民主主義を否定し、戦前のファシズム国家のような牢獄のなかに国民を縛りつけ、あとに決定的な破滅が待ち受ける道筋に、そのまま重なっていく。 

 陽射しのつよかった空も翳り、風がときおりパレードの人びとにやさしく吹きつけ、団体名をつげる無数ののぼりをはためかせたりもするが、暑さのゆるむのはそのときだけで、4kmの道のりでさえ果てしなく長くつづくようにおもわれる。
 とはいえ、パレードを歩く人たちの表情はなごやかだ。近くの人たちと語らい、また通行人に呼びかけたりしながら、暑さも気にしていないようだ。汗のなかに笑顔さえのぞく。

  パレードの出発  

 もちろん集会の規模や熱気は、たとえば今月13日、都心の日比谷・霞が関・国会議事堂一帯で4万人が参加して繰り広げられた「原発ゼロ★統一行動」とくらべれば、ものたりないものといえるだろう。だが、下町のパレードには、そうした従来の脱原発の活動とは他とくらべられない意味、そしてよさがあった。
 週末の都心は日常の生活空間ではない。道行く人々は、デモに目を向けることなく、黙殺する。デモは週末の非日常の時間や空間への闖入者なのである。
 ところが、隅田川周辺の下町のひとびとは、通行人も沿道沿いのお店や家々のひとも、プラカードや幟を立ててやわらかな表情で歩く見知らぬ大群に好奇心をむける。立ち止まって見つめる人、店から出てきて手を振る人も多い。

「頑張ってください」
「次は、ぜひ参加してください」
 パレードの参加者と地元の人たちとの間に、言葉が交わされる。パレードの呼びかけはメッセージや情報を伝えるだけでなく、街のひとびとに広がり、空間を開放していく。
 だが、こうしたパレードは日本だけの現象ではない。2011年の春に世界各地で始まり、拡散をはじめている。あたらしい社会が、世界のあちこちでいま動きだしているのである。〈この項、続く〉


写真=すべて編集部撮影

ギリギリ日誌 10/15「怠慢と嘘」

 爆発した福島第1原発の収束作業に従事している労働者の被曝線量が、政府や東電が発表しているよりも、2割方たかい、という結論が国連の「科学委員会」であった。2割も過小評価していた、という指摘である。
 
 「政府や東電の発表はウソでしょう」と指摘されているのだから、恥ずかしい。安倍首相のオリンピック委員会での「放射能汚染水はコントロールされている」という嘘もあって、「日本は目的のためには平気でウソを衝く」と思われては、国辱ものだ。
 
 国連科学委員会の指摘は、ウソ問題で恥ずかしいばかりか、いよいよ、労働者被曝が表面する、という将来の不安をも掻き立てる。
 事故後から2012年10月まで働いた2万5000人の被曝線量が低く見積もられているばかりか、被曝線量を調べるのが遅れて、半減期が短いヨウ素132,133などを検出していない。また、検査対象から漏れた労働者も多い。
 海外の機関から、指摘されてはじめて実態が明らかになる。いつものことだ。
 
 このほかにも、作業中の被曝量を計る線量計をもっていなかった、とか、データが提出されていないとか、放射能管理区域ではたらかすのに、労働者を保護していなかった。
 とにかく、特攻隊精神で、危険区域に突撃させた。その影響がやがてあらわれる。そのとき、資料不足で、労働に起因する病状として、認可されない虞(おそれ)がある。
 放射能管理区域で働かせながら、検診を受けさせなかったり、データを提出しなかったりする下請け、孫請けが多い。
 
 安倍首相が、現実を糊塗するような発言をしたしわ寄せが、被災現場で、「はやく、はやく」とハッパをかけられ、長時間労働から、トラブルやミスが発生している。
 先がどうなるか判らない。これは甚大なるストレスとなっている。国も東電も、原発のような危険物をあつかうのには閉鎖的かつ独善的で無理なのだ。

橋本勝の風刺漫画「原発に9条を蹴っ飛ばされてたまるか」

原発に9条を

20世紀のなかばに人類が手にした膨大なエネルギーが核
それは原爆という核兵器となって
広島、長崎に投下され、大変な惨禍をもたらした
人類を滅ぼしかねないこの核エネルギーを
戦争ではなく平和に利用できないかと開発、実用化されたのが原発である
現代文明に欠かせない電気を大量に生み出す原発は
人類の明るい未来への大いなる希望と思えた
特に核兵器の悲惨を体験した日本人とっては
その思いは強かった

だが核というエネルギーを人間が制御できるというのは
とんでもない思い上がりであることを思い知らされる
スリーマイル、チェルノブイリ、そしてフクシマ……
原発事故は、原発の安全性に対する根源的な疑いを抱かせることになる

さらに忘れてはならないのは原発は
核兵器を作り保持するための潜在的能力を持つということである
原発は核兵器の材料となるプルトニウムを生み出すし
その核技術は核兵器に転用可能である
「日本は国の防衛のために究極の兵器である核兵器を
保持する可能性をすててはならない」と
広言する政治家がいるのも不思議ではない

だが、それは戦争放棄の日本国憲法第9条に対する明らかな違憲である
核の傘を持った原発が9条を蹴っ飛ばしている!
この風刺絵にかけたわが思いをぜひ共有していただきたい。

ギリギリ日誌 10月17日(木) 「出会いの1日」

 13日の日比谷公会堂の脱原発講演会は、2000人の会場に人があふれて、超満員。入場できなかった人たちには、申し訳なかったです。
 大江さんと肥田舜太郎さんのご講演のあと、最後にお礼の挨拶をして、ドラムの伴奏とともに、反原連のみさをさんと壇上から、「再稼働反対!」を連呼してしまった。

 そのあと、デモに移って、虎ノ門をまわって日比谷公園に帰ったのだが、まだ出発できないひとたちと合流してしまったのです。
 神戸からきていた、「ライオン」夫妻と「山口」夫妻、それと下町の伊藤、高田氏とばったり出会って、わたしは遅い昼飯のスパゲッテイ。
 ライオン夫妻に、以前、敦賀の駅前でも偶然出会ったときも、わたしが欠食していて、喫茶店でサンドイッチを食べていた、といわれてしまいました。
そうだったか、ひとはよく覚えてくださる。

 5時から、国会前行動。ひとり4分ほどの発言。その日1日、やや働き過ぎだった。
 終わると、目の前にブログ編集者のfさんが立っていて、一緒に帰った。

危険の中の原発労働者

(六ヶ所村の再処理工場があるところは、開拓部落だったところと、国営のジャガイモの原種農場だったところです。種芋の種芋をつくる農場を農林省が建設したい、と村に言ってきたので、村が村有地を無償提供しました。その土地を、再処理工場をつくるからといって、没収したのです。国営農場だったので、誰も反対できません。開発に反対した元村長・寺下力三郎さんは、「だまされた」とずっと怒っていました。「だまされた」は、原発のある地域に共通する言葉です。)

 そういう、国策の犠牲者がたくさんいるのです。それでも、その中のエリートは、国策に従うとまだ言っています。
 しかし、たぶん再処理工場は稼働しない。全国の原発からここに運ばれてきた高レベル核廃棄物やもつとも危険なプルトニウムはどうなるのか、誰も予想がつかない。

 王手がなくて、無限に詰まない将棋をやっているというか、全然手の打ちようがない状態がつづいています。「もんじゅ」も稼働できずに廃炉になるでしょう。その作業に従事する労働者の被曝がどうなるか……。犠牲者がでるでしょう。 
 東京新聞のコラムにも書きましたが、日系ブラジル人の新聞に、福島原発の求人広告が載っていたそうです。二時間で三万円という好条件ということは、原発内の管理区域の中ということでしょう。いよいよ外国人労働者が現れる。

ホワイトボードを読む作業員 労働者の被曝がどんどん進んでいくと、現場に入れなくなってしまうわけです。そうなると生活できないから、鉛の板で線量をごまかしてなんとか働こうとする。上が強要するということもありますが、労働者自身もいのちを犠牲にしてすすんでやるというような状況に、追い込まれているのです。 
 放射線の線量が、許容量を超えてしまった労働者をどうするかというのも大きな問題です。年間50ミリシーベルトを超えた労働者は解雇されてしまうのですが、それは困るというので鉛の板を線量計に張ってでも働こうとしてしまう。

 線量が下がるまで、原発から離れて安全に働けるように保証するとか、管理手帳にしっかり正確な線量を記入するとか、労働者を保護する対策を考えないと、結局は日本は被曝労働者だらけとなり、やがては多くの死者が出る。そうならないように、ちゃんと管理をしなければならない。 
 労働力が不足すると、これまでの工場のように、日系人やアジア人でまかなおうということになるのでしょう。アジア人は顔が似ているので使いやすいのですね。
 北海道の炭鉱では、ベトナム人が研修という名目で石炭を掘っています。原発を輸出すると、研修とか実習という名目で堂々と入国できるようになるのです。
『石をうがつ』講談社、2013年6月


写真=「ホワイトボードを読む作業員」
Photo S. Herman public domain provided by Voice of America
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