『橋の上の「殺意」』 畠山鈴香との手紙(2)

11月4日付『橋の上の「殺意」』 畠山鈴香との手紙(1)のつづきになります。

 いまの刑務所に移監されたころのお手紙に、 
 「今の仕事にはいそくされて2ヵ月、ようやく達成感や充実感を持って仕事ができるようになりました。ただご存じの通り弟はいまだ仕事を見つけられず職業訓練校に通っていますし、生活保護で家族はぎりぎりの生活をしているのに、私は仕事の心配も毎日のご飯の心配もしなくていい、もうマスコミの前にでなくていい、そう思うと申し訳なくて、こんな今の私の状態を米山さんが知ったらどう思うかと考えるとやはり申し訳なくて。お盆には人出があるので家族は墓参りもできず、代わりに弟が朝4時から雨の中、自転車で川や寺に花や線香をたむけてくれたそうです」
 と書かれていましたね。

フェルメール「窓辺で手紙を読む女」  すでに未決期間もいれて獄中6年、昔なら無期懲役であっても、30年もすれば恩赦などで出獄できたのでしょうが、いまは厳罰主義が横行していて、長くなりそうですね。
 でも、時代も変わって、この日本も、もう一度、「罪を憎んで人を憎まず」の寛容さを取り戻してほしい、と願っています。それでも、あなたが出所できたときの、はるか手前でわたしは他界しています。 
 「先月娘彩香の、そして今月は米山豪憲君の七回忌です。もう7年なのか、まだ7年なのか、いろいろな事を考えますが、考えをまとめたくなる時は仕事中や就寝後なのでメモをとれません。でも少しずつでも前へ進めたらとは思っています」 

 実はこの間、そちらの近くにある運動公園で、反原発の集会が開かれたので参加したのです。ところが、迂闊(うかつ)なことに、あらかじめ地図でふたつの場所を確認しなかったので、すぐそばまでいっていたことには気がつきませんでした。
 でも、おそらく、面会できることはないでしょう。北羽新報のIさんがお母さんと一緒に面会にいったけど、家族でないから会えない、といわれたようですからね。

 あなたの成績に影響すると困るので、刑務所の批判はするつもりなどまったくありませんが、もっと「交通権」の拡大は必要ですね。あなたは、月に5通しか手紙をだせないようですが、「制限区分」が二種になると、月に一度、30分ほど、病気で面会できない身内に電話をかけられるようになった、と書いていましたが、昔なら信じられないような話ですね。

 そういえば、お祖母さんも弱ってきたようですし、お母さんも経済的になかなか面会にいけないようですね。将来、あなたが出所して秋田へ帰ったとき、知り合いのだれもいない、浦島太郎のような状況を思えば、そぞろ不憫(ふびん)でなりません。 
 それでもあなたは、希望をもちつづけていて、いまヘルパー2級(2013年3月末で廃止)の資格があるので、それにアロマテラピーの資格をとって、「外に出た時にアロマテラピーを併用した介護ができたらいいな、と思う」と書いていますね。 

『橋の上の「殺意」』講談社文庫、2013年8月

絵=フェルメール「窓辺で手紙を読む女」1659年、public domain mark1
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