脱原発運動は勝利する(続き)

11月7日付「脱原発運動は勝利する」の続きになります。

政府の責任で収束作業にはいれ

 2010年8月5日に発生したチリ・コピアポ鉱山の落盤事故では、坑底に生き埋めにされた炭鉱夫たちを救うために、セバスティアン、ピニェラ大統領は膨大な国家予算を投入し、国際的な知見を集め、69日をかけて全員を無事に救出した。
 そのことを思えば、国策として原発を進めて来た政府は、どれほどの資金を投入したとしても、事故の収束を図るべきで、でたらめな「収束宣言」や「コントロールしている」とか「ブロックしている」などの妄言は撤回、陳謝し、ドイツやイタリアのように、原発推進政策からの脱却と持続可能エネルギーへの転換を宣言すべきであろう。
 そして、被災者の全面救済、労働者の長期的な被爆対策、最終処分をどうするかなど、日本の将来に問題を解決するための、原発反対学者ふくむ学際的な会議を設置して、虚心に対策をたてるべきだ。

 小泉純一郎元首相の「原発ゼロ発言」が注目を集めている。小泉氏に批判的なひとたちは、警戒心から眉唾のポーズで批判しているが、これは脱原発運動の成果として歓迎すべきことだ。これまで述べてきた原発推進側の退廃と無能力をみれば、産業界、政界、官界、学会が一体化した金権癒着構造とその基盤としての地震列島の実態をみれば、真っ先に原発から撤退すべきだ、と言う発言はだれであろうと正論である。
 核物質を完全に制御できるというのは、学者の空論、退廃、横暴であって、原発実験と原爆投下、その延長線上の原発は、これまですでに、継続不能なほど充分な犠牲者をつくりだしてきた。
 「直感政治家」の小泉氏が、利権に関係なく「原発の終わり」を宣言したことは、原発反対運動の対極からはじまった、原発反対運動として評価すべきことだ。運動の側はフクシマ以後の自分たちの運動がつくりだした事態として受け止め、自民党の分裂に力をつくすべきなのだ。 

 運動は反対者だけに固定化すべきではなく、運動の成功は賛成派のなかからどれだけ反対派をつくりだすかによっている。そのためには「中間派」と言われている人たちをどれだけ説得し、運動の幅を拡げ、賛成派を孤立させるかが、課題である。
 そのために、わたしたちは運動の垣根を低くして、市民や農漁民の参加しやすい体制をつくり、関心を持ってもらい、理解を深めてもらう。講演会や音楽会、祭りなどのイベントとパレードやデモ行進を繰り返す。
 行進は運動参加者の一体感をつくりだし、次の行動への自信を高め、原発推進の政府や議員や自治体首長、議員にたいして、世論の力強さを示す。

 おたがいの行動は、たがいに批判しない。大きな集会は協力し合って、一緒におこなう、この単純な原則をわたしたちは運動の理念としてきた。いま、脱原発、反原発のさまざまな運動があるが、それらは共感と連帯の関係にある。そのための努力はしてきたつもりである。政党間の対立や新左翼運動の内ゲバが、どれだけ運動の拡大を阻害してきたか、歴史を学べばかんたんに理解できることである。

(「月刊 社会民主」2013年11月号)
写真=小泉元首相とルイスブラジル前大統領, Photo by Fabio Rodrigues Pozzebom/ABr, Creative Commons Attribution 3.0 Brazil license
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2013年11月10日(日) 07時50分 | | 編集


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