現場に与える苦痛

(郵政民営化は、小泉政権の最重要政策であった。「改革」という言葉だけが踊った2005年の総選挙では、自民党が圧勝し、10月「郵政民営化法」は成立した。それに先立つ2003年4月に総務省内郵政事業庁は、郵政公社に変わり、トヨタ自動車常務取締役の高橋俊裕氏を副総裁に起用。そしてすぐに郵便の現場にも「トヨタ方式」がもちこまれたのだった)

 2004年5月、越谷局の集配営業課のAさん(36歳)は、自宅の浴室で倒れ、12日後に帰らぬひとになった。脳梗塞、と診断されたが、医師は「この若さで脳梗塞で亡くなるということはない」といった、という。
 その前年の9月から、作業イスが全廃されていた。労組が認める三六協定(時間外労働・休日労働に関する労使協定)は、再締結をつづけ、2カ月で60時間の残業が、最終的には、2カ月で113時間にもなっていた。 
 Aさんの残業は、発症前6カ月で309時間37分、平均ひと月51時間36分になっていた。彼の受け持ち区域は、局から10キロほど離れた畑地帯が多く、残業で暗くなると、明かりもなく、懐中電灯を手にして、困難を極める仕事になっていた。 

 かつては、バーのスタンドのような立ちイスで、郵便物の区分や道順組み立てなどの仕事をしていた。「トヨタ占領軍」は、いきなりそれを撤去させた。トヨタのコンベア労働は、すべて立ち仕事である。それを全国的に波及させていった。
gogh「一足の靴」 これにたいして、2004年2月の衆議院総務委員会で、塩川鉄也議員(共産党)が、全逓の職場アンケートによっても、立ち作業方式について作業がはやくなった、というひとが3人、遅くなったというひとが50人、作業の疲労度が減ったというのがひとり、ふえたというひとが84人、と指摘した。 
 さらに、撤去されたイスは、郵政省が作業用に特注したものであり、イスの配置は、労働安全衛生規則、腰痛予防対策ガイドラインにもあるはずだ、と厚生労働省を追及した。 
 担当官は、それを認めた。立ち作業が長時間つづく場合は、イスを配置して小休止できるようにする、と定められているのだ。 

 トヨタ占領軍は、労働安全衛生規則と腰痛予防対策ガイドラインに違反していた。
 さらに、残業代の未払い分として、2004年10月から12月までの三カ月間で、全国の職員5万7000人強に「サービス労働」をさせた、として、労働基準監督署の指導を受け、32億円強の未払い賃金を支払った。 

 職員以外にも、非常勤の「ゆうメイト」なるアルバイターがどんどんふえている。交通事故もふえ、2005年10月現在で、郵政公社関東支社の発表でも、221件、前年度比125・9%増。遅配、誤配もふえ、効率はあがらず、生命の危機を拡大している。 
 トヨタから派遣された指導員が、全国142郵便局をまわって、トヨタ方式の郵便局版、「JPS」(ジャパン・ポスト・システム)を点検したところ、成果があがった、との報告は、「うわべだけの改善ごっこ」だったことがわかった。

 郵政官僚の「面従服背」ということだが、クルマづくりでさえ、コミュニケーション不足が大量の欠陥車(リコール車)を発生させている。
 まして、もっとも人間的なコミュニケーションを担っている郵便屋さんを、部品化して、郵便事業がうまくいくわけはない。 それでも止まらないトヨタ方式の導入とは、とにかく、公共のしきたりを破壊する、民営化のための強引な地均(じなら)し、というのが狙いのようだ。
『絶望社会 痛憤の現場を歩くⅡ』金曜日、2007年9月

画像=ヴィンセント・ファン・ゴッホ「一足の皮靴」1888年,public domain mark 1.0
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