原発社会は日本企業社会の典型

鎌田  戦後の日本は、年功序列型と生涯雇用と企業内組合、この三種の神器で労働者をがんじがらめにしていたし、がんじがらめにされていても、文句を言わなければ食べていけるという状況になっていましたが、それがもう保障されなくなってきました。また、その企業の中に入れずに、自分たちで仕事をするとか、生活をする道を探している人たちがどんどん増えてきています。 
 「原発社会」というのは、実は強者への依存を極端にすすめた、「企業社会」のことだった、ということなのです。 

小森  そこの変化は重要ですね。原発社会というのは企業社会によって構築されてきましたが、そのシステム自体が崩れているという現実ですね。

鎌田  企業依存体制です。労働者も、下請産業も、それに地域も全部、企業に依存して生きているという。
 原発は、その日本企業社会の歪曲的な典型的なものでしょう。政府資金をバラまくことによって地域への波及効果が生まれてくるわけです。しかし、そのお金は、消費者から徴収した電力料金からプールしたもので、電源三法による交付金を地方自治体へ配給するといった仕組みだったわけです。
 それがこの事故によって、いくら自民党でも、いままでのようには原発の建設を強化して補助金を出して地域を支配するという体制は作れなくなりました。企業社会の裂け目といいますか、企業が労働者の生活のすべてを賄(まかな)うことはできなくなりましたし、空洞化によって、企業が労働者を全て雇用できるという社会でもなくなってきました。
 そうした実態を同時に訴えていく必要があると思います。

小森  原発事故の前から、小泉政権の構造改革政策によって急増した非正規社員の問題、派遣労働者の問題が重大な社会問題になっていました。2008年のリーマン・ショックで多くの派遣労働者が解雇され、大きくマスメディアでも取り上げられました。
 湯浅誠さんを中心にした反貧困ネットワークが結成され、「九条の会」も「九条と二五条を実現する」を合い言葉に全国的な運動にしていきました。その一つの象徴が、この年の年末から09年正月にかけての「年末年始日比谷派遣村」の運動でした。東京都知事に立候補した宇都宮健児さんは、このときの名誉村長でした。
 こうした動きが、09年の「政権交代」の大きな力になっていきました。

写真=福島第一原発近辺、photo by Steve Herman / public domain provided by Voice of America  

鎌田  派遣労働者をどうするのかという問題では、派遣労働法改正案はかなり修正されてしまいましたが、雇用期間が三年以上になったら社員にすることを問わなければいけないということだけは残りました。派遣労働者の問題で日本の社会がどうなるかが問われたときに、原発事故が発生し、派遣労働者の問題がよそに置かれたような状況になりました。
 しかし実際は、派遣労働法があってもなくても、原発事故の収束作業にはそういう身分不安定な労働者を大量に使って、被曝させているという実態が明るみになりました。それで、以前からの派遣労働者の問題と、原発事故での派遣労働者の問題とがようやく重なって現れてきたわけです。

小森  なるほど、3・11は、派遣労働者がおかれている社会構造の闇の部分を、日本社会が内在させている根本的な問題として明るみに出してしまった、ということですね。
鎌田慧+小森陽一『反撃』かもがわ出版、2013年3月

小森陽一…東京大学大学院教授、専門は近代文学。「九条の会」の事務局長。
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