畠山鈴香との交信① (『橋の上の「殺意」』あとがき)

10月23日付『橋の上の「殺意」』あとがき①の続きになります。
(畠山鈴香のわが子と二軒隣の米山剛憲くんへの「殺意」の証明は、曖昧な自白に依拠しているだけである。また殺意の形成については、 検察側の見解はつぎの内容である。
「彩香ちゃんに対する以前からの深刻な疎(うと)ましさの念に根ざしていることは明らかであり、そうした嫌悪感に根ざした殺意の強固さも明らかである」) 

 「深刻な疎ましさ」と「嫌悪感」が殺意を形成した、という。しかし、それは証明されていない。
 ときどき、子どもを疎ましく思ったり、嫌悪感を抱いたりするのは、四六時中、子どもと一緒にいる母親にはよくあることである。それを「強固な殺意」といいつのるのは、牽強付会(けんきょうふかい)というものである。 
 たしかに、シングルマザーである畠山鈴香が、幼い彩香ちゃんを抱えていたため、山村からの脱出の夢を挫折させていたのは事実だが、かといって、子どもを邪魔な存在として、殺してまで自由を得ようとは考えていない。 

 第二の豪憲くん事件について、検事は「彩香ちゃん殺害」の疑いの目をそらし、自分を無視する社会への復讐心だ、という。 
 「強固な犯意に基づく卑劣かつ残虐で、執拗かつ冷酷無比な態様であり、鬼畜の所業である。こうした凶行を犯した被告人の存在は、社会に対する脅威としか言いようがない」 
 この紋切型の論告が、死刑を求刑した論理である。悪いことをしたものは悪いやつだ。社会にたいする脅威だ。だから、死刑にしろ。論証のない、最大限の悪罵の羅列で死をもとめる権力の言葉である。哀れな母親の悲劇を解明しないで、あの世へ送ったとしても、なんの意味もない。 
 畠山鈴香は、彩香ちゃんへの「殺意」を否認しつづけていた。豪憲くん殺害は認めているが、その動機は本人自身もあきらかにできていない。 

 精神科医は、「解離性障害」によって、「橋の上の瞬間」を解釈している。子どもが落下したのちに、そのままたち去ったことを、検事は「殺意」の証明に使っているのだが、それは「解離性健忘」だった。だからこそ、鈴香はそのあと、子どもの消息を訪ねて、歩きまわっていたのだ。 
 それでは、どうして、彼女は「広汎性発達障害」を疑われるような症状になったのか、それがこの本の物語である。わたしたちは、精神的疾患にあまりにも無知である。理解できないものは、排除して、ことたれりとしがちだ。 

 「畠山鈴香はわたしである」と思うひとたちも多い。そのひとたちと畠山鈴香との岐れ路はどこなのか。彼女との交信をわたしはつづけている。(つづく)
『橋の上の「殺意」』講談社文庫、2013年8月

イメージ写真=モロッコ、河原を歩く母と子、Photo by Yolanda,Public Domain CC0
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