危険の中の原発労働者

(六ヶ所村の再処理工場があるところは、開拓部落だったところと、国営のジャガイモの原種農場だったところです。種芋の種芋をつくる農場を農林省が建設したい、と村に言ってきたので、村が村有地を無償提供しました。その土地を、再処理工場をつくるからといって、没収したのです。国営農場だったので、誰も反対できません。開発に反対した元村長・寺下力三郎さんは、「だまされた」とずっと怒っていました。「だまされた」は、原発のある地域に共通する言葉です。)

 そういう、国策の犠牲者がたくさんいるのです。それでも、その中のエリートは、国策に従うとまだ言っています。
 しかし、たぶん再処理工場は稼働しない。全国の原発からここに運ばれてきた高レベル核廃棄物やもつとも危険なプルトニウムはどうなるのか、誰も予想がつかない。

 王手がなくて、無限に詰まない将棋をやっているというか、全然手の打ちようがない状態がつづいています。「もんじゅ」も稼働できずに廃炉になるでしょう。その作業に従事する労働者の被曝がどうなるか……。犠牲者がでるでしょう。 
 東京新聞のコラムにも書きましたが、日系ブラジル人の新聞に、福島原発の求人広告が載っていたそうです。二時間で三万円という好条件ということは、原発内の管理区域の中ということでしょう。いよいよ外国人労働者が現れる。

ホワイトボードを読む作業員 労働者の被曝がどんどん進んでいくと、現場に入れなくなってしまうわけです。そうなると生活できないから、鉛の板で線量をごまかしてなんとか働こうとする。上が強要するということもありますが、労働者自身もいのちを犠牲にしてすすんでやるというような状況に、追い込まれているのです。 
 放射線の線量が、許容量を超えてしまった労働者をどうするかというのも大きな問題です。年間50ミリシーベルトを超えた労働者は解雇されてしまうのですが、それは困るというので鉛の板を線量計に張ってでも働こうとしてしまう。

 線量が下がるまで、原発から離れて安全に働けるように保証するとか、管理手帳にしっかり正確な線量を記入するとか、労働者を保護する対策を考えないと、結局は日本は被曝労働者だらけとなり、やがては多くの死者が出る。そうならないように、ちゃんと管理をしなければならない。 
 労働力が不足すると、これまでの工場のように、日系人やアジア人でまかなおうということになるのでしょう。アジア人は顔が似ているので使いやすいのですね。
 北海道の炭鉱では、ベトナム人が研修という名目で石炭を掘っています。原発を輸出すると、研修とか実習という名目で堂々と入国できるようになるのです。
『石をうがつ』講談社、2013年6月


写真=「ホワイトボードを読む作業員」
Photo S. Herman public domain provided by Voice of America
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