なぜフクシマから学ばないのか?

 電力不足になるとか、安全だとか、安い。これは、原発をはじめたときの論理そのままです。
 福島原発の原子炉内の状況が、どうなっているかわからない。
 原発の周辺に住んでいた人たちの家族は、散り散りになっています。故郷を追われて、二十年たっても、三十年たっても、帰れないかもしれない。そういう家庭が何十万戸もある。その中には、生活が苦しくなって、病気になったり、衰弱死したり、離婚したりする人もいる。 
 いろいろな悲劇が何十万単位であるわけです。そういう生活を無視して、政府と財界はまた電力不足になるだとか、経済がダメになるだとか脅しているのです。 

 しかし、この狭い日本に54基もの原発をつくったのは、電力不足という理由からだったのです。つまり、73年のオイルショックのあと、堺屋太一さんが『油断!』という形でオイルショックを表現しましたが、オイルに依存する生活が、将来、できなくなるだろう、石油がなくなって真っ暗になるだろう、と宣伝したのです。 
 もう、とんでもなく膨大な宣伝をしました。あと三十年たったら石油がなくなるとかいう宣伝でした。そういう本はいっぱいありました。たとえば、朝日新聞が「核燃料」という連載で、一方的に、原発を大礼賛する記事を書いたのです。そのときの基本のトーンは、三十年たったら石油が不足する、だから、安全な原発をつくらなくては、という言い方でした。 

 ところが、三十年たっても、一向に石油には不自由していない。ですから、石炭から石油に移行し、石油から原子力に移行するという、資本増殖の論理、まあ、会社の経営優先、あるいは、国際的なマネーの欲望によって、踊らされてきたわけです。 
 最近、経団連の会長でさえ、彼はよろしくない人で、フクシマの事故のあと「これまで、原発はいろんな地震に耐えてきた。だからすばらしい」とか言った、米倉会長ですが彼自身でさえ、東京新聞のインタビューで、「原発依存はやめる」「再生可能エネルギーが必要だ」とか言い始めています。つまり、原発依存には将来性がないから、これからは、自然エネルギーがビジネスチャンス、新しい産業になっていくという言い方をしているのです。

 「脱原発依存」という言い方があるのです。原発から手を引くというよりは、「依存」をやめる、という言い方で、政治家も、財界人も一致している。
 ただ、少しでも原発の寿命を延ばしていきたい。今ある設備をすこしでも長く使ってコストを下げていくけど、もう新しい原発は建設費が高いからつくらない。そのかわり、原発輸出で儲けよう、という戦略転換です。 
 彼らは血の一滴でもいいから、多く儲けていこうということだから、今ある原発を少しでも稼働させようとしているのです。だから、「脱原発依存」という言い方が出てくる。脱原発にはちがいないが、グズグズ、思い切りの悪いやり方です。 
 ここら辺は、菅政権のときから言っていて、それでも一応「原発に依存した生活から脱却していく」と閣議決定までしているのです。

菅直人とリラックマ 「脱原発」は、政府の方針にもなっていたのですが、問題は、いつまでにか、です。野田政権は、菅内閣よりも露骨に原子力産業(原発マフィア)とその労組に依存している政権でしたから、グズグズことを進めて、少しでも原発で稼いでいこうとしました。
 脱原発の動きと、少しでも原発を動かそうという動きとのせめぎあいで、そこを市民の運動で早く決断させよう、としているのが、現在の構図です。 

 憲法は、主権は国民にあると謳っているわけですから、わたしたちの意思決定で脱原子力政策を決めることができるのです。原子力から撤退する、エネルギーは原子力に依存しないという方針の決定権は、わたしたちにあるわけで、安倍政権にあるのではない。 
 今の政権にたいする抗議の動きは、原子力産業に従属した世の中から、市民が決定する社会へ脱却していこうという動きなのです。民主主義の動きに新たな道を開いてきたこの動きを、60年安保闘争のような挫折に終わらせないで、どう継承発展させるか、それが一人ひとりに問われている問題だと考えています。  

『石をうがつ』より(講談社、2013年6月)

写真上=Abassa「柏(千葉県)の放射能ホットスポット2012年2月18日」From Wikimedia Commons, the free media repository
写真下=藤崎啓撮影、「菅直人元総理とリラックマ」,衆議院議員会館2013年5月28日
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