増子義久 「宮沢賢治没後80年―余話?」(寄稿)

 賢治の「雨ニモマケズ」を読んでいると、この詩の「行ッテ」精神の実践者こそが当ブログの畏友、鎌田慧その人だと思い至る。彼が足跡を印した現場に虫ピンを刺していったら、その数が余りにも多すぎたために倒れてしまった。ノンフィクション作家の研究をしていたある学者がこんなことを書いていたのを思い出した。

 と、今度はその精神を地で行くジャ-ナリストがはるばる海の向こうからやって来た。イタリア人フリ-ランサ-のアレッシア・チャラントラさん(32)。
 東日本大震災の直後、石巻市の惨状を報告するルポがイタリアのマスコミに掲載され、これが権威のある賞を受賞した。ところが、その筆者は現場には一度も足を運んでいないことが明らかになった。
 アレッシアさんは自分もそういう目で見られていると思うと悔しかった。脱北者を中心に書いた北朝鮮ルポが優秀作品として認められ、その賞金を手に日本にやってきた。被災地に初めて足を踏み入れたのは震災から約4か月後。以来、今年の夏を含めて来訪は3回になる。

 「まるでポンペイの遺跡みたい」。一面瓦礫(がれき)と化した被災現場に立ったアレッシアさんは絶句した。被災者と一緒に避難所に寝泊まりし、仮設住宅に住む人たちを精力的に訪問した。
 イタリアでは2009年1月に発生したイタリア中部地震(ラクイラ地震)で300人以上が犠牲になり、現在も6万人以上が仮設住宅での避難生活を強いられている。日本文学を学んだアレッシアさんは夏目漱石の『こころ』を原文で読みこなすほどの日本通で、自身のHPにも「雨ニモマケズ」の原文が日本語で貼りつけてある。「だって、困っている人がいたら飛んで行けって、賢治さんも言っている」。案内した賢治詩碑の前で彼女はニッコリ微笑んだ。

 震災後、米国の首都・ワシントン大聖堂で開かれた「日本のための祈り」やロンドン・ウェストミンスタ-寺院での犠牲者追悼会などでこの詩が朗読された。「行ッテ」と繰り返し訴えかける文意から、被災者に寄り添うことの大切さをこの詩から読み取ったのかもしれない。
 花巻市と姉妹都市提携を結んでいる米国・ア-カンソ-州ホットスプリングス市に今夏、賢治のモニュメント像が建てられ、今月19日に現地で除幕式が行われる。像の説明版には「雨ニモマケズ」の原文と英訳文(Strong In The Rain)が記されている。

 そういえば、賢治が運行する“銀河鉄道”は四次元世界を自在に行き交う広大無辺の鉄路である。東日本大震災をきっかけに「賢治精神」には国境がないことにはたと心づいた。
 
 アレッシアさんが今夏、釜石市や大槌町(岩手県)、石巻市(宮城県)などの被災地を取材した模様が今月16日と23日の2回、NHKBS1(TOMORROW)で午後5時から放映される。


被災者から震災時の模様を聞くアレッシアさん(2011年7月25日、岩手県大槌町で) 


















被災者から震災時の模様を聞くアレッシアさん(2011年7月25日、岩手県大槌町で)
増子義久氏提供
関連記事

コメント


トラックバック

↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。