小学生の暴力 

 文部科学省の発表によれば、2004年度に、全国の公立小学校で発生した校内暴力は、前年度とくらべて、18パーセントもふえている。これは二年つづきの「過去最高」の数字だそうだ。
 この数字は、学校からあがってきた報告を教育委員会がまとめて、文科省に送られたものである。だから、「暴力」にたいする判断、見解の相違とか、申告しない、統計の取り方のちがい、あるいは、学校の体面とかがからむので、この数字をそのまま信じるわけにはいかないが、時代の流れの反映としては、ひとつの資料にはなりうる。 

運動会風景 小学生の暴力が、18パーセントもふえているのにたいして、中学生は6パーセント、高校生は4パーセントずつ減っている。だから、子どもの世界が全体として暴力的になっているわけではなさそうだ。 
 どのような暴力かといえば、
「ささいなことからけんかになり、同級生男子の額をひざけりした」(6年男子)
「悪口を言われたと勘違いし、小一男子の顔面を殴った」(3年男子)
「休み時間に遊んでいた際、友だちとの意見の食い違いから不機嫌になり校舎のガラスを割った」(6年男子)
「授業中、教師が着席するように指導したところ、怒って教室の窓ガラスを割った」(3年男子) (いずれも「日本経済新聞」2005年9月23日)と、このように、ささいなことにたいして、突発的で、短絡的に暴力をふるうことが多くなっている、という。 

 これまでも、最近の子どもは、忍耐力がたりない、自己表現力が不足している、対人関係能力が低い、などといわれてきたのだが、はたして、子どもの世界も殺伐としてきたのだろうか。 
 同紙によれば、京都市の私立小学校の校長は、「教師から『静かに』と注意されただけで、我慢できず手を出してしまう子どもがふえている」「子どもの忍耐力の低下に加え、学校に好感を持たない保護者が増えていることも原因のひとつ」と推測している、という。 

 学校と保護者が責任をおしつけあっている。子どもが学校に不信感をもつ家族の意見に影響されている、ということだが、しかし、それと暴力とは直接的にはむすびつかない。 
 器物破損などのほかにも、教員を蹴る、胸ぐらをつかむ、椅子をなげつけるなど、教員にたいする暴力も多く、前年にくらべて三割もふえ、336件あったという。 

 子どもの環境がいらだたしいものになっているとしたなら、その環境を変えなければならない。
 暴力をふるう子どもには、家庭内に暴力がある家が多いともいわれている。暴力の連鎖だが、子どもたちが穏やかな気持ちになるには、社会が穏やかな社会でないとなりえない。 
 子どものうちから競争にさらされるのがますます多くなっている。その分だけ子どもが「暴力的」になったように思われる。
『やさしさの共和国』花伝社、2006年9月

写真=藤崎啓撮影「運動会風景Ⅷ」
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