市民科学者を志す人たちへ (高木仁三郎さんに寄せて)

-私事で恐縮ですが、私は大学の時に、鎌田さんの「自動車絶望工場」を読んで、非常に感銘を受けたのです。それで今回、鎌田さんのお話を伺うことを、非常に楽しみにしていました。
 この「自動車絶望工場」を改めて読み返したんですが、今、研究者が置かれている状況が、鎌田さんが描かれたコンベア労働者の状況と、よく似ているような気がしたんです。つまり、科学が細分化されて、研究設備や計測機器に縛られ、大学や研究室に縛られ、その中で研究成果を上げることを使命づけられているのではないか、と。

この人に聞く鎌田  生産でも研究でも、効率を上げるには、細分化・高速化・大量化なんですよね。総合化というのは、時間がかかるし、無駄なことも多いので。細分化・高速化・大量化が合理化のエッセンスです。研究機関も細分化して、すごく狭い範囲になって、それを総合する力、批判する力がなくなってきている。
 これに対して、いかに細分化されたものを総合するかを考えると、何のために学問があるのか、という問題に立ち戻る必要があります。やはり人民の生活を豊かにすること。しかも、松下幸之助みたいに、上から下に水か何かを流すように、恩恵に浴すると言うことではなく、地域ごとに、独自のものを作っていこうというのが「市民科学」だと思うんです。


-市民科学においても、地域での自治とか自立と言うことが重要な視点なんですね。
鎌田  例えば、今度の英米軍のイラク侵略でも、単一化つまり、アメリカが全部を支配し、民族を統合すると、彼らは考えているのかもしれないですが、それは民族自決とは違うのです。民族自決、地域民主主義、自己決定とか、自立と言う方向にむかうべきなのです。

これから市民科学をめざす人たちへのアドバイスをお願いしたいのですが。
鎌田  まず、「人々に聞け」 ですね。大学の研究室で、教授から言われてやるのではなく、現場現場でいろいろな人の話を聞いて、それを自分の研究に結びつけていくことが大切ですね。
 それは非常に無駄が多いので、いま少なくなっているわけでしょう。でも、文化系だったらフィールドワークだし、理科系だって、自分のやっているものが実際にどのように社会的に機能するかを考えることが、非常に大切ですね。歴史認識ということでしょうか。


-貴重なお話を聞かせて頂きました。どうもありがとうございました。
聞き手:高木基金事務局 菅波 完
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2013年10月08日(火) 22時48分 | | 編集


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