トヨタが牛耳る郵政公社

9月25日付「郵政民営化の現実」のつづきになります
(小泉政権の最重要政策が、郵政民営化であった。「改革」という言葉だけが踊り、2005年の総選挙では、自民党が圧勝して、10月「郵政民営化法」は成立した。それに先立つ2003年4月に総務省内郵政事業庁は、郵政公社に変わり、トヨタ自動車常務取締役の高橋俊裕氏を副総裁に起用。そしてすぐに郵便の現場に「トヨタ方式」がもちこまれたのである)

 公社化の前年、2002年12月からすでに、越谷市の越谷郵便局では、トヨタのつなぎ服を着た七人が常駐して、ストップウォッチ、ビデオカメラ、デジカメ、万歩計などによって、動作を分析していた。
 窓口、郵便物の区分、集配業務など、労働者の一挙手一投足を計測する異様な事態となったのは、標準作業をつくるためだった。郵政事業庁は、「郵便事業の業務改善に役立てるためのコンサルティング契約」と説明した。 
 「トヨタ進駐軍」は、さらにGPS(位置検出装置)三〇台をバイクや自転車につけて、配達時間、配達動線の調査をおこなった。これらは、職場の同意を受けずに実施された。 

 わたしが、職場の状況を聞きとるために、越谷郵便局でほぼ半分ずつの組織を維持している、全逓労組(現在はJPU、日本郵政公社労組)や全郵政のメンバーを取材先にしなかったのは、双方ともにJPS(ジャパン・ポスト・システム)と自称するトヨタ方式にたいして、反対してこなかったからである。 

 全逓中央本部は、04年3月、つぎのような「周知」を各地方本部あてに発信している。 
 「JPSとは、『ムリ、ムダ、ムラ』をなくし生産性の向上をはかるものであり、全逓としても郵便事業の健全な経営基盤の確立をするための重要な施策と受けとめ、能動的に取り組みを進めなければならないと判断します……。その上に立ち、実施にあたっては、越谷局ならびに全国14のモデル局の取り組みを参考としつつも、全国一律とか支社一律とか上意下達ではなく、各郵便局で創意工夫をした取り組みを展開する必要があると判断します」 
 ムリ、ムダ、ムラや創意工夫は、トヨタ用語である。「全逓としても積極的に参画していく」とも書かれているので、労組のトヨタ化、といってもいい事態である。
 全郵政は、もともと、「合理化反対」を掲げていた全逓を分裂させた労組である。

東京中央郵便局 これまで、民営化反対を主張してきたのは、「郵政ユニオン」と「郵政産業労働組合」などの少数派組合でしかない。 
 政府の大方針の前で、労組は完全に屈服したのだが、それは労組ばかりのことではなく、『朝日新聞』なども、2005年9月の衆院選挙の前後に、「民営化賛成」の社説を二回も掲載して、小泉改革にエールを送っている。 

 こうして、かつて三公社五現業といわれたなかで、国鉄、専売、電電の三公社は解体され、五現業のなかで残るは、林野、印刷、造幣だけになった。
 そこに共通しているのは、「公共性」と「安全性」がかなぐり捨てられ、国民へのサービスは極端なまでに低下し、利益追求が第一義、企業だけが儲かる「民栄化」となったことである。 
 解雇はしない、といいながら、大量の労働者を子会社に送ったNTTでは、労働条件が悪化して自殺者がふえ、国鉄も自殺者を頻出させたあと大量解雇、JR西日本の尼崎、JR東日本の羽越線鉄橋での大事故がつづいて発生している。そして、いよいよ郵政の番となったのだが、公社になっただけで、すでに、安全、迅速、確実などの公共性は喪失した、との批判が強まっている。

『絶望社会 痛憤の現場を歩くⅡ』金曜日、2007年9月
写真=保存された八重洲にある東京中央郵便局
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