靖国問題と言論へのテロ(前)

 自民党元幹事長・加藤紘一衆院議員宅への、右翼による放火テロは、小泉首相(当時)の六回目の靖国参拝強行のあとを受けて決行された。 
 この事件は、2006年8月15日の夕刻、山形県鶴岡市の加藤議員の生家に忍び込んだ右翼の男が、放火して割腹自殺を図ったものである。その日の朝、小泉首相は、国内、国際世論を踏みにじって、靖国を参拝していた。この関連性は疑えない事実だ。 

 小泉首相は、「公約の実行」とうそぶいていた。公用車を使用し、モーニングを着用、「総理大臣小泉純一郎」と記帳したのだから、あきらかに憲法が定めている、「政教分離」への挑戦だった。
 自分の支持者にむけて参拝を誇示するために、国の規範を足蹴にする。本末転倒である。一国の首相が、「公」よりも「私」を優先するなど、あってはならないことだ。 

 まして、靖国神社は、戦争に動員された兵士たちが、「生きて虜囚(りょしゅう)の辱(はずかしめ)を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿(なか)れ」との「戦陣訓」通りに、天皇のために死ぬ、マインドコントロールの装置だった。
 その靖国への参拝を批判してきた加藤議員の事務所と住宅に放火した65歳の右翼男は、高名な政治家への自爆テロによって、おのれの名を上げようとしたのだ。 

 この事件は、六たびにわたって強行された小泉首相の暴挙に励まされて起こされた。靖国神社にささえられた日本軍に、侵略されつづけてきた、韓国や中国の人びとたちの抗議に対して、小泉首相は、改めることなく、敵意しかみせなかった。
 小泉首相の排外主義的な言動が、ナショナリズムを引き出している。あたかも、特攻隊のような参拝の強行が、カッコいいと支持されている。 
 右翼男の攻撃は、このようなアナクロニズムの言動に力をえて実施された。首相の参拝を批判する言論にたいする放火テロは、民主主義の基盤への攻撃であり、その住宅に住む95歳の母親の命を脅かすものであり、自分の名を上げようとした売名行為として、きびしく糾弾されなければならない。(つづく) 

『いま、連帯をもとめて』大月書店、2007年6月

写真=靖国神社、2008年2月23日、Photo by tokorokoko, GNU Free Documentation License1.2
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