本音のコラム 12/12/24「毒を食らわば」

 原発推進派の誘致運動を、わたしは「毒を食らわば皿までも」と表現してきた。原発が隣の村にできて、同じ危険になっても交付金支給では立地地域分と隣接分での極端な差がある。それならわが村にも誘致しよう、との声を聞いてきた。

 福島の事故があってなお、再稼働を求める「原子力マネー汚染村」のボスたちの声は、やはり「毒を食らわば皿までも」なのだ。
 原発の回復不能の症状とは、依存がどんどん深まることだ。ほかのことを考えるより、いまのままを願う。企業城下町の通弊とはいえ、害悪は公害の比ではない。

 原発誘致は貧しさからの脱却のはずだったが、村議や村長など有力者たちがおこぼれにあずかっただけだった。健康を犠牲にしておカネというのは、依存の極端な表現で、けっして豊かさの証明ではない。

 日曜日。東京での再稼働反対集会は、秘密保護法成立のあとだけに、怒りのこもったものになった。原子力基本法に「安全保障に資する」の一句が入って、たちまちにして、原発問題は軍事秘密になった。私は集会で、「愛国」などではない、「安倍亡国内閣」といって、大きな運動を呼びかけた。

 フクシマの傷口に塩を塗るような原発再稼働と「戦争のできる国」への逆走は、戦後民主主義のすべてを奪うもので、許せない。
(東京新聞 12月24日)
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