トヨタの隠蔽体質を斬る

12月15日付「トヨタに“暴走" 隠蔽の旨味を教えた 20 年前の悪しき教訓」の続きになります。

 東京都府中市で死傷者6人をだした暴走事故では、ブレーキを踏んだのに車が止まらなかったとの主張を被告が譲らなかった。実際、事故現場ではブレーキと疑われるタイヤ痕が見つかっている。
 また87 年には、コンピュータ基盤に付けられたハンダのひび割れから暴走が起こるとしてトヨタがリコールしているし、アースの締め付けを忘れたトヨタ車の自動速度制御装置が誤作動し暴走している。
 それでも車の心臓部でもある電子制御が設計段階からおかしとは認めない。トヨタのかたくなな隠蔽姿勢は、80 年代末から一貫している。旧運輸省の不可解な最終報告書と米国でのロビー活動によるもみ消し、とは似かよった結果となった。

 AT車問題と今回の暴走問題の奇妙な一致点は、これだけではない。
 トヨタは89 年9月に、AT車の暴走につながる可能性のある欠陥を運輸省に報告せず、苦情のあった約3000 台の車の部品を密かに交換していたことが明らかになった。これはプリウスのブレーキの不具合をリコールせず、苦情の顧客だけコンピュータを改善していたのとおなじ処置である。

 当時、この問題について記者会見したトヨタの金原専務は、「このような不始末をしたことをおわびする。安全性に問題はなく、運転者の感覚的な範囲の問題としてとらえ、社内で対策をとっていた。リコールの対象外との判断だった」(『毎日新聞』89 年9月13 日)と語った。
 これもプリウス問題で記者会見をした横山裕行常務の「お客様の感覚と車両の挙動が少しズレていることによって、お客様が違和感を感じられると認識しておりました」という発言とおなじである。

 車が暴走しようが、ブレーキの利きが遅かろうが、お客様の「感覚の問題」だというのが、トヨタ方式なのだ。
 米国トヨタ自販のジム・レンツ社長が公聴会で説明した「世界的な情報の共有がうまくいかず、大半の情報が一方通行だった」ことが問題の本質ではない。情報を集めた先の大企業意識、殿様意識が、ユーザーの安全や不安を押し切ってきた。

 このような、これまでの一連のAT車暴走事件は、トヨタに悪しき教訓をあたえてきた。構造の欠陥を認めず、不安と不備をガス抜きをしながら時間をかけ、こっそりと問題をカイゼンしていけば世論も収まると。
 だからこそアクセルペダルの問題が指摘されても、死亡事故が起きるまでは放っておいた。日本のマスコミは、トヨタの広告費に餌付けされていた。

月刊「記録」2010 3 月号


写真=Taken by emrank, creative commons license
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