「町会加入促進条例」をめぐって(編集部)

 「秘密保護法」と連動して、国民から人権や自由を奪う可能性のある法律や条例がつぎつぎに準備されています。その一つに「町会加入促進条例」があります。

 横浜市、京都市、埼玉県所沢市、八潮市などの数多くの自治体で「町会加入促進条例」が検討されています。この「町会」と、大掃除や盆踊りや祭りなどを主体的に運営してきたこれまでの自治会との間には、大きな違いがあります。
 東京・世田谷区では、反対運動がおこり、議会でも紛糾しているので、ここで取り上げてみます。  
 世田谷区では、区民の自治会加入率が約40%にまで漸減していて、地域内のつながりを深め、防災・自助・共助に役立てようという理由はたしかに成り立ちます。しかし、一方でここには多くの問題が残ります。

 現在の社会状況や区民のライフスタイルのなかで、地域的なつながりを求めたくないという人々が増えているのは事実です。単身生活や独居老人、収入格差の問題、また深夜の仕事に従事するなどで生活時間が違うなどもあって、自分のプライバシーにかかわってほしくない、自分のことは「ほっといてくれ」という住民が増えています。これは現在の都市型生活において避けがたいものです。こうした社会生活の変動をどう捉え、それに向き合っていくべきか。コミュニケーションのための良い解決策はないか。そうした問題の議論や了解がないまま、自治体が町会への加入を促進するための条例には違和感があるという市民が多いのです。
 「強制」は明記されてはいません。しかし、防災のための地域住民の組織作りのためといった明確な理由があるのでもなく、条例化して地域のつながりを深めましょうというのは、実態から乖離しているだけでなく、秘密保護法と同様に恣意的に拡大解釈される余地があり、住民を縛っていくような不穏さが潜んでいるのではないでしょうか。 

goya 1804 
画像=ゴヤ「1808年5月3日、プリンシペ・ピオの丘での銃殺」

 地域的なコミュニケーションというものは、強制によってつくられるものではありません。あくまで住民が主体的に防災計画や祭りなどのイベントを進めていく過程でつくられていくものです。押しつけによって、地域的なつながりが築かれることはありません。
 さらに「押しつけ」に不穏な気配を感じるのは、現在の政治状況と結びつくからです。秘密保護法制定、生活保護法の改悪、労働者派遣法改悪、すすまない福島第一原発事故処理にもかかわらず原発の再稼働と輸出へとかじを切るなどなど、国民を蔑(ないがし)ろにするような悪政がとめどなくおこなわれていくなかで、戦前の軍国主義国家への回帰が一気に進むのではないかという懸念をもつ人は少なくありません。

 現在条例化が図られている「町会加入促進条例」には、戦前の「隣組」が浮かび上がってきます。
 かつて隣組は、大政翼賛運動の末端組織として、地域住民の会話や行動の相互監視、また戸籍の管理などによって愚かな戦争遂行に多大な役割を果たしました。だからこそ、GHQは隣組の解散を命じたのです。そしていま、家族形態や社会生活のあり方が大きく変わっているにもかかわらず、個人ではなく家族を単位とした戦前の「隣組」の復活を狙う動きが現われています。
 日本人の体制順応的な心性は、社会の和を作るには威力を発揮します。しかし、民主主義を遂行する際、自ら考えそして判断し、異なる意見とは互いに考えをぶつけあい、そのうえで少数者や反対の意見を最大限に尊重した意思決定を行うという民主主義のあるべき姿にまでもっていくのは、それほど容易なことではありません。

 だからこそ、強制された隣組のようなものではない、主体的に市民が集まって、意見をぶつけ合いながら、未来を語ることのできる希望の場が待ち望まれるのです。(編集部 藤崎)
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2013年12月19日(木) 22時29分 | | 編集


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