横須賀・イラク 女性や子供たちの叫び声

12月11日付「横須賀の米兵による女性殺害事件」の続きになります。
(2006年1月3日、午前6時すぎ、市内の自宅マンションから最寄りの駅にむかってあるいていた佐藤好重さん(56歳)は、バッグをとろうとした若い米兵に、やにわにビルの通路に引きずり込まれたが、バッグを離そうとはしなかった。すると米兵はコンクリートの壁の角に叩きつけ、倒れた彼女の顔や腹部を身動きもせず声も出せなくなるまで踏みつけ、骨折だけでなく、右腎臓、肝臓の破裂、顔面と頭部の無残な損傷で、好重さんは失血死した。お正月の2日から派遣で、私鉄バスの車内掃除に行く途中のできごとだった)

 (米兵は)その日も、行きつけのバーで、夜10時すぎから朝5時半ごろまで飲み明かし、店をでて基地にむかってあるきながら、また浪費してしまった、と自分を苛(さいな)んでいた。 
 所持金は残りすくなかった。女の通行人がきたら、カネを奪おうと思い立った。まだ薄暗い、人通りのない道を、バッグを手にした女性が足早にやってきた。道を聞くフリをしてちかづいたが、年配の夫妻がジョギングしながら通りかかった。せっかくの獲物は、その夫のほうに説明をゆずって去っていった。 
 失敗だった。こんどこそ、絶対うまくやる、との思いを強めていたとき、むこうからやってきたのが、佐藤好重さんだった。 

 街角の監視カメラに、佐藤さんの悲鳴や米兵の「マネー、マネー」と強要する声が残されていた。画面を横切った米兵の姿が、犯人逮捕に結びついた。
 彼は近くのコンビニエンスストアで、血まみれの手を洗って基地に帰り、それからまた夜になって出直し、性風俗店で、奪った1万5000円を遣った、という。 

US_Army_in Iraq_  犯罪行為の概要については、横浜地裁の判決文によって記述したのだが、22歳の元米兵の「国籍、所属、階級、経歴、犯行前の経緯」などの記述は、墨塗りされている。日本人被告の判決文ではありえないことである。 
 だから、この犯罪者の個人情報はなにも与えられず、米国で犯歴があるのかどうか、イラク侵略ではどのような役割をはたしたのか、はわからない。新聞記事によると、「一等航空兵」という。バグダッド空襲に参加していたのであろう。 

 「泣き叫ぶ被害者に対し、思い通り静かにならないなどと感情を高ぶらせ、さらに異常ともいえる激烈な暴行を加えて殺害に及んだ」との事実認定によって、6月に小倉正三裁判長は「無期懲役」の判決を下している。
 米航空兵に凌辱された日本女性の悲鳴に、ミサイルで吹き飛ばされているイラクの女性や子どもたちの叫び声とが、重なり合っている。

『痛憤の現場を歩くⅡ 絶望社会』金曜日、2007年9月

写真=US army in Iraq,taken by Staff Sgt. Mark Burrell, MND-B PAO,a work of a U.S. Army,public domain
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