横須賀の米兵による女性殺害事件

12月8日付「犠牲者の絶えない米軍基地の街・横須賀」のつづきになります。

 残虐非道に殺し奪った金で遊興  

 2006年正月の1月3日、午前6時すぎ、佐藤好重さん(56歳)は、市内の自宅マンションから、最寄りの駅にむかってあるいていた。派遣会社から、私鉄バスの車内掃除の仕事に派遣され、前日の2日から、もう仕事をはじめていたのだ。 
 浜通りの雑居ビル前の舗道にさしかかったとき、若い米兵がちかづいてきた。
 「すみません」と日本語で話しかけ、「ベース?」と聞いた。
 好重さんが、「ヨコスカベース?」と聞き返すと、男は「べース」と繰り返した。彼女が米軍基地のゲートの方を指差して歩きだすと、男は彼女のまえにまわりこみ、やにわに腕にさげていたバッグをつかんで引っ張った。 

 好重さんは身体をよじって引っ張りかえした。男はいきなり手拳で顔を殴りつけた。好重さんは転倒した。まだ三が日だったから、人通りはなかった。
 米兵は好重さんをビルの一階通路にひきずりこんだが、彼女はバッグを手放さなかった。 泣き叫ぶ好重さんの襟首を両手でつかんだ男は、彼女をひきずり上げると、コンクリートの壁の角に叩きつけ、仰向けに倒れた彼女の顔や腹部を踏みつけた。 
 米兵は彼女が身動きせず、声をださなくなるまで、10分間にわたり激しい勢いで、なんどもなんども、倒れた身体を踏みつづけた。
 肋骨(ろっこつ)は数本にわたって骨折し、右腎臓、肝臓が破裂した。顔面と頭部の損傷が激しかった。失血死だった。 

 「顔などは原形をとどめないで、まるでハンバーグみたいでした」 
 好重さんと一緒に暮らしていた山崎正則さんは、目の前にその顔が浮かんでいるかのように、眉を曇らせていった。
 彼の話によれば、元米兵は身長177センチメートルながら、腕は丸太ん棒のように太い、というから、腕力の強さを想像できる。 

 彼が乗船していた「キティホーク」は、日本近海での軍事演習を終えて、前年の12月中旬、横須賀港に帰港していた。彼は毎日の任務が単調なうえ、来日してから手当が減って不満があったようだ。
 ただ、給料は1500ドルだが、兵隊はいわば「部屋住み」で衣食住は無料だから、この金額が安いかどうか。検事の論告には「すくなくて不満を抱いていた」とある。
 そのうえ、あてにしていた帰国が、イラク侵攻が膠着状態のためか、フイにされて不満が募り、不安定な精神状態にあった、という。 
 彼は連日のように基地周辺のバー街を徘徊(はいかい)しては飲酒浪費、交際相手の日本人女性とも口論をくりかえし、さらに荒んだ感情を昂進(こうしん)させていた。〈つづく〉
『痛憤の現場を歩くⅡ 絶望社会』金曜日、2007年9月

写真=横須賀中央駅付近,Taken by Hykw-a4,GNU Free Documentation License1.2
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