重要な情報を報じなくなった大マスコミ

  「3・11」は、たんに大きな災害があった日のことではありません。さまざまな既存の価値観の転換点でした。
 自然現象によって原子力発電所という人工物が破壊され、そこから長い半減期を持つ放射性物質の放出が広まり、人間社会に大きな影響を与えています。
 これは、大地震で石油タンクが倒れて燃えるなどとは、まったく意味が異なる非常事態でした。 

 このように大事件に遭遇して、人間はいろいろと考え、判断をするのですが、読売、朝日、毎日、産経などの大新聞や民放テレビなど、いわゆる「大マスコミ」は、それに対応することができていません。 
 対応できなかった理由の一つは、正しい情報を流せば国民がパニックに陥る、と心配した政府に同調したことです。
 たとえば、福島第一原子力発電所の4基の原子炉のうち、3基が爆発したこと、メルトダウンが始まっていたことや放射性物質を大量に放出したこと、その被害の広がりや危険性について、迅速にきちんと伝えることをしなかった。その後もこうしたことが繰り返され、その過程でマスコミに批判的な人たちが急激に増えました。 

 しかし歴史を振り返ってみれば、大災害が起こったときは、マスコミは信頼される存在だったのです。民衆にとっては、具体的な情報を得るための貴重な手段なのですから。 
 阪神・淡路大震災のとき、神戸新聞社は、三宮の神戸新聞会館(本社)を失いましたが、緊急時援助協定を結んでいた、京都新聞社に支援されて発行を続け、避難所などにもどんどん配っていきました。
 東日本大震災では石巻日日新聞社が、地震直後の6日間、手書きで壁新聞をつくり、避難所などに貼り出したことも知られています。
 どちらも、被災した人々が知りたい情報、つまり人間の生活、命や健康にかかわる最も重要な情報を伝えていました。

 ところが、3・11後の大マスコミはその期待を裏切ったのです。民衆が最も知りたい情報を隠してしまった。戦時中とおなじ言論統制だったのです。(つづく)

「人々に共感されるジャーナリズムを」『現代社会再考』水曜社、2013年1月

写真=阪神淡路大震災粕井ビルの倒壊、松岡明芳撮影、GNUフリー文書利用許諾書 (GNU Free Documentation License) 1.2による
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