放射能で汚染される前にカネで汚染される (続き)

12月3日付「放射能で汚染される前にカネで汚染される」の続きになります。
また、12月3日付「お知らせ もんじゅを廃炉へ!全国集会」も参照ください。


 能登半島にある珠洲市では、原発の建設用地の買収が成功せず、途中で計画を中断しました。新潟の巻は、東北電力が土地の90%まで買収したのですが、最後の詰めができずに、結局、原発の建設を断念しています。
 最後の詰めというのは、町有地が残っていたのです。それで、町長選挙があり、反対派の候補者が推進派の現職に勝って反対派の町長に代わった。すると、新しい町長は、原発用地内に唯一残っていたその町有地を、反対派の住民に売ってしまったんです。
 それで、ギブ・アップしてしまったんですね。 
 これは、就任した反対派町長の大英断でした。どれほど住民から顰蹙(ひんしゅく)を買おうが、反対派の同志に町有地を売った。だから、東北電力は中心となる町有地を買収できずに、計画を断念せざるを得なかったわけです。 

 このように、いろいろな住民の抵抗があったところには、原発がありません。金にあかせた攻撃に負けたところに、原発がつくられてきました。そういうことを、この40年間、私はずっと見てきました。
 反対運動の指導者たちが買収されていきますが、それには大体、息子や娘の就職の問題が大きく影響しています。

 原発があるところは僻地で、鳥も通わぬというか……。
 例えば、「もんじゅ」(福井県敦賀市にある日本原子力研究開発機構の高速増殖炉。1995年に冷却水のナトリウム漏洩による火災事故、2010年に炉内中継装置落下事故や放射性ガス検知器の誤作動などを起こして、運転停止中)は、若狭湾の山の中腹に建っています。
写真=もんじゅ、photo by nife, GNU Free Documentation License

 そこは、以前は白木(しらき)と呼ばれる部落のひとたちの土地でした。海を渡った、「新羅」という地(韓国)から、やってきたひとたちの子孫と伝えられています。昔は峠の難路を越えなければいけないようなところでした。そこで、原発ができれば道路もできる、生活の不便さが解消されるという謳い文句で喧伝されました。ただし、それは原発建設のための道路であって、人間のための道路ではなかったんですね。 
 いままで政治の光がまったく届かなかったところ、疎外されていたところ、差別されてきたところに原発が現れてくる。これが、1970年以降の原発の歴史です。

澤地久枝・鎌田慧編著『ほうしゃせん きらきら きらいだよ』七つ森書館、2012年12月
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