辺野古 闘いは非暴力直接行動で

 アセス法違反の「事前調査」を阻止する「カヌー隊」が、訓練にむかっていった。
ロープで結ばれたカラフルな十数艇のカヌーが、沖合いに出ていくのを、わたしは、なにか頼もしいような、頼りないような矛盾した気持で、浜辺から見送っていた。リーフのむこうの波の荒い海で、調査を阻止するための訓練である。 

 調査船がくるとその前に立ち塞がってピケを張り、「違法行為はやめろ」と説得する。若者よりも、中高年以上が多い寄せ集め集団である。そのカヌー隊を中心に、プカプカ隊、飛び込み隊などが組織されて、1100日以上にわたって工事を阻止してきた。 
 10年前、名護市住民は、市民投票によって、「基地建設反対」を決定したが、政府に脅かされた比嘉鉄也市長(当時)と市議会がその決定を裏切ってきた。それへの怒りも、身体を投げだす抵抗闘争の背景になっている。 

 辺野古になんどかきて、いままでにない運動として驚かされたのは、沖縄内外からやってきた60~70代、あるいは20代男女の「隊員」が、救命具をつけているとはいえ、カヌーに乗って、海のなかで行動していることである。泳げないひともいる、という。
 作業員に海に突き落とされたり、やぐらの上から船べりに落下させられて負傷したひともいる。
 非暴力とはいえ、身体を張った直接行動をやりぬいてきた。 

 実力闘争はこれまでも、成田闘争などでもあったが、公務員や教員の退職者が常駐し、あとは出入り自由、これだけ長期に闘っているのは、めずらしい。沖縄のあかるい海とかつての膨大な死者が、この闘争の解放感とひろがりをつくりだしているのかもしれない。 

 「カヌー隊」の隊員たちは、言葉の暴力としての罵詈雑言を投げつけず、ていねいな言葉で対応するように指導されている。非暴力直接行動の精神である。 
 これにたいして、自衛隊が投入したのは、機雷敷設や回収にあたる軍事専門のダイバーたちである。海上保安庁の大型巡視艇やチャーターされた漁船、ゴムボート、ランチなどが大量に動員された。その大作戦に援護されながら海底に調査機器を敷設する。 
 どうせ、基地建設だから、自衛艦を派遣しても問題ない、と久間大臣は考えたかもしれない。

 が、この憲法無視の強権行使を追及しなかったなら、これから住民運動は、軍事国家のように軍隊に、蹴散らされることになる。
『沖縄 抵抗と希望の島』七つ森書館、2010年4月

写真=辺野古車庫, Photo by N, Public domain

コメント


トラックバック

↑
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。