お知らせ

波乱の一年でした。
新年はページの装いも新たにして、1月5日より再開いたします。
皆さま、良いお年をお迎えください。(編集部)
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「生きにくさの時代」 川田文子との対談

鎌田 (生きにくい指標の最たるものは、98年から自殺者が11年間連続して3万2000人ていど発生していることですね。この11年間だけで35万人以上です。戦争状態ですね。)こうした状況下ですから、本当に「生きにくさの時代」というキーワードどおり、力いっぱい働いて、日々の生活を切りひらいていくという方向がみえない、明日はどうなるかわからないというところに大半の人がいる、そういう時代なのです。
こういうことは、戦前は知りませんけど、戦後の歴史でははじめてだし、戦前だって、政治的抑圧があったり、戦争があったりして、いつ死ぬかわからないというのはあったでしょうけど、しかし、こんなに混沌とした、展望のない感じではなかったのではないかと思います。  

川田 生きにくさ、この言葉はもちろん現代の言葉だと思うんですね。
 わたしは1970年代に雑誌の編集部にいて、「日本の唄」や「唄のある女たち」という連載をしていた時期がありました。軍歌とか春歌とか子守歌とか、歌を通して当時の社会状況を追っていくという企画でしたが、子守歌のなかに、間引きをうたった歌が日本の全国各地に残っていることを知りました。
 たとえば、男の子が生まれたら取り上げて、女の子が生まれたらおっちゃぶせ、殺せという歌です。そのような間引きの子守歌を追っていったら、沖縄の石垣島のすぐちかくの竹富島に間引き墓があることを知りました。

 とってもきれいな島で、現在では観光スポットになってますが、大きいものでは30センチほどにもなるシャコ貝がある。生まれた子が産声を上げるか上げないうちに息を止め、埋めて、遺体がカラスなどに突かれないように、その貝殻をかぶせて墓標代わりにしたのが間引き墓です。 
 そんな話を聞いて竹富島を歩いていたら、あるおばあさんが、石垣に自生している豆を取っているんですね。なんていう豆ですか、と聞いたらヒンズー豆だと。
 竹富島は周囲9キロぐらいでしょうか、とてもちいさな島で、標高でいえば10メートルか20メートルくらい、平らな島で井戸を掘っても海水がでるようなところです。台風にはもちろん襲われるんですが、台風だったらまだサツマイモが生きている。ところが、旱魅(かんばつ)になるとサツマイモも枯れて、なにもなくなる。そんなときでも最後まで残っているのがこのヒンズー豆だと。竹富島は「餓死島」と呼ばれたけれども、食べるものがなにもなくなったときに食べた豆なんだよ、と教えてくれたんですね。
 
  写真=竹富島伝統的建造物群保存地区, photo by 663highland ,GNU Free Documentation License1.2

 竹富島のこうした過酷な状況というのは、薩摩の支配による重い人頭税のためでもあり、琉球王朝の支配も受け、その末端でひどい収奪を受けたことがより大きな要因です。そういう人為的な収奪にたいして無力で、厳しい自然災害によって生きられないという状況では、神にすがる以外になくて、竹富島では毎月のように祭りがあったそうです。
それが観光資源のひとつになってるんですが、なぜお祭りするかというと、ひたすら豊穣を願ってお祈りするしかなかった。

 その時代の生きられない状況と現在の生きにくさとを比較すると、質が違いますよね。かつての竹富島のような生きられない状況は、現在は、すくなくとも日本社会ではないですよね。いま、「生きにくい」ということはなにかといったら、社会がみえない、あるいは世界がみえない、そういうことなのかなと感じるんですね。
『いま、逆攻のとき 使い捨て社会を越える』大月書店、2009年5月
川田文子 
1943年生まれ。早稲田大学文学部卒業。ノンフィクション作家。農山漁村の女性や日本軍性暴力被害者の人生を記録する一方、保育問題や住宅問題、最近は若者のこころの病、とくに摂食障害について取材。著書に、『イアンフとよばれた戦場の少女』(高文研)、『自傷』『皇軍慰安所の女たち』『赤瓦の家』(以上、筑摩書房)、『女という文字、おんなということば』『インドネシアの「慰安婦」』『戦争と性』(以上、明石書店)、『授業・「従軍慰安婦」』(教育史料出版会)、など、共編著に『「従軍慰安婦」をめぐる30のウソと真実』(大月書店)がある。

最近のニュースから 「靖国参拝強行の夜、首相と会食」(編集部)

 「赤旗」12月28日(土)は「参拝の夜に首相と会食 首相の靖国神社参拝強行―」の見出しで、大手新聞社の幹部が安倍首相と26日の夜に会食したことをスクープしています。

 戦後の国際秩序に挑戦し、東アジアの緊張を激化させる暴挙に、国際社会と国際ジャーナリズムがいっせいに批判の声を上げました。その中で、事件の張本人と日本のマスコミが、夜の酒宴に花を咲かす姿には、強い疑問が投げかけられて当然です。 
 安倍晋三首相は靖国神社参拝を強行した26日夜、報道各社の政治部長らと東京・赤坂のホテルで2時間以上にわたって会食しました。首相は夜9時前にホテルを出ましたが、政治部長らはなかなか姿を見せませんでした。[引用ここまで]

 この決してあってはならない大手新聞社の姿勢は、事実、翌日の新聞の論評で「日本のために命を犠牲にした英霊に尊崇の念を表する首相の動機は大事」(毎日新聞)といった提灯記事に反映しました。
 クオリティペーパーとしての新聞は、政治権力の暴走や恣意的な支配を監視し、国民の大多数の側に立った報道を行う「社会の公器」でなければ、存在理由はありません。国家権力に唯々諾々と従い、以心伝心で政治権力者の思惑に沿った報道・論評をするなど、彼らにはジャーナリストとしての気概や職業意識があるようにはとても見えません。

 だいたい各紙の政治部長でありながら、近代史の最低限の共通理解すらもっていないのでしょうか。靖国は軍国主義(ファシズム)勢力に利用されてきました。そして若くして死ななければならなかった戦士の無念の思いがこめられた場所に、侵略を強引に推し進め、彼らになかば死を強要した戦争犯罪者たちが合祀されているのです。
 それは、決して繰り返すことの許されない愚かな戦争の正当化にもつながる負の側面をもっています。国土を荒廃させ、多くの国民の生命を犠牲にしたばかりでなく、東アジアや東南アジアの国々への侵略行為を正当化し、おまけにかつて植民地にした国々の戦士の霊をも祀っています。そんなことを異国の霊が望んでいるはずもありません。

 大手新聞の方々に必要なのは、ときの政治権力に阿る(おもねる)ことではないはずです。権力から距離を保ち、深い教養に裏づけられ、国民や世界の平和や安定のために必要な報道をたもっていくことがなにより重要なのはいうまでもありません。
 かつてのファシズム体制のもとで、全滅しても勝った勝ったという大本営発表をたれ流し、ウソの報道で国民を欺いてきた、あの二の舞を繰り返してはならないという自覚を、もってはいないのでしょうか。高い使命感をもつことをこころから期待します。 (編集部・藤崎)

核燃料最終処分、楽観すぎる研究者

  北海道羽幌町へ行く用事ができて、日本最北の稚内空港から日本海側を南下した。例年なら秋冷の気候のはずだが、まだ暑さが残っている。

 迎えにきてくださったYさんにお願いして、幌延(ほろのべ)町の「地層処分実規模試験施設」の見学に立ち寄った。 
 幌延は岐阜県土岐市の「東濃地科学センター」と並ぶ「使用済み核燃料」最終処分の研究で知られている。
 30年前、その両方を取材でまわったのだが、そのとき、ここは買収されたばかりの農家に、有刺鉄線が張りめぐらされ、「立ち入り禁止」の高札があった。ふたりのガードマンが警戒していた。 
 いま、地下350メートルまで、3本の立て坑が掘削され、最終的には500メートルの地底に、6平方キロメートルの横穴が掘られる。そこに高レべル放射性廃液をガラスで固めた、4万本もの「ガラス固化体」を埋設する研究である。 

 しかし、道と幌延町は「実規模試験」は認めているが、放射性廃棄物の持ち込みは許可していない。いまや見通し困難な青森県の「再処理工場」で、生産予定のガラス固化体が鉄製の容器に入れられ、ここに運ばれる。 
 それが地下水で移動しないように、ベントナイトの布団状「緩衝材ブロック」で包み込む。が、すべて架空の話である。 
 布団蒸しにされた、ガラス固化体の模型を眺めながら、大地震があっても、これで10万年も保存できると考える、研究者たちの無責任な楽観性に驚かされた。
本音のコラム(東京新聞、2012年9月18日)

写真=幌延にある音類風力発電所,taken by achappe, クリエイティブ・コモンズ 表示 2.0 一般ライセンス

靖国問題と言論へのテロ(後)

昨日の「靖国問題と言論へのテロ」の続きになります。

 日本の議会政治は、その出発以来、板垣退助、大隈重信などのテロ受難を経て、近年でも、浅沼稲次郎刺殺、河野一郎宅への放火、宮沢喜一首相私邸前での割腹自殺未遂事件など、右翼の攻撃を受けている。
 言論へのテロとしては、中央公論社長宅での刺殺事件、朝日新聞阪神支局への銃撃事件などがあり、小泉首相の靖国参拝をめぐっては、小林陽一郎富士ゼロックス会長宅への銃弾の郵送や火炎瓶の置き去り、日本経済新聞本社への火焔瓶投入などの脅迫事件が続き、そのあとに加藤紘一議員宅への放火と割腹自殺未遂が発生したのである。 

 靖国神社への小泉首相の参拝が、右翼妄動のチャンスをつくり、それをもちあげる右派マスコミや評論家が、排外主義とナショナリズムを煽り、結果として右翼の決行をうながしたのだ。その意味でも、小泉首相の論理性のない感情的な行動が、日本の暗部に伏在していた野蛮さを外に引きずりだした。その責任は大きい。 

 小泉首相が、この言論にたいするテロへの批判をしたのは、事件から13日もたった、8月28日になってからだった。
 「首相の靖国参拝がナショナリズムを煽っているとは考えないか」との記者団の質問をかわして、彼は、「よその国に煽り立てられ、よその国を煽り立てるような報道は戒められたらよろしいのではないか」とマスコミ批判に矛先を転じた。テロを批判しながら、同時に報道をも槍玉にあげた。この不徹底、無反省は彼が自己中心主義だからである。 

 一方、安倍晋三官房長官(当時)も、やはり13日もたってから、記者団に質問されて、ようやくおざなりのコメントをだした。 
 このように、政権を握っているものが、言論へのテロを、民主主義への挑戦と受け止め、徹底した批判をできないのは、右翼に対して甘いからだ。歴史に無知であり、飼い主の手は噛まない、と高を括っているからだ。 

 まして安倍官房長官は、『文藝春秋』2006年9月号で、「国のために命を捨てる」と語っている。また、ベストセラーとなった同社刊行の『美しい国へ』でも、「国を守るために命を捨てる」と書いていて、まるで、テロリストか特攻隊のような、命の安売りを奨励している。靖国神社擁護論の行き着く先である。
 これらの言動が、テロを批判せず、バックアップしているとも言える。 マスコミのなかでの、戦略的な、靖国と愛国主義との連動が、右翼の活動の場をつくりだしている。いま、勇気をもって、テロに対時する言論を擁護する時期である。
『いま、連帯をもとめて』大月書店、2007年6月

写真=安倍晋三官房長官(当時)2006年9月24日,Photo by Eckhard Pecher,the Creative Commons Attribution 2.5 Generic license.

地域住民の活動が民主主義を甦らせる(福島瑞穂との対談)

福島 社民党がどう考え活動しているのかという動きがダイナミックに伝わる政党をつくりたいと思います。私も地方に視察に行く機会は多いのですが、ただ視るだけではなくて、もっとその地域の人たちの話を聞かなくてはいけないと思いますね。 

鎌田  日本も少しずつだけれど変わってきて、各地で住民投票が実施されています。その結果、中央官庁が行う公共事業を、地域住民の意思でストップがかけられる時代にもなった。 
 あちらこちらのダム建設は今止まったままだし、諌早湾のことについても水門の閉鎖は止められなかったけれど、拡張工事は進んでいませんし、原発の計画も中止が相次いでいます。
 ひと昔前はそういった運動は政党や労組が中心に行われていましたが、あまり実効性を持ち得なかった。
 今は地域に住む住民が、自分たちの生活に密着した問題として考え、立ち上がって成果を収めているのです。 

福島  おっしゃる通りで、どこまでそういった土台を社民党が楽しく豊かに耕せるかでしょうね。 

鎌田  再建とか地域おこしというと、すぐみんなホームランを打とうとするので、「一村一品」などと言って、無理やり名産品をつくりあげて勝負しようとします。でも一品がない一村もたくさんありますから、僕は「一村百品」という言い方をしています。
 いろいろな意見を持っている人に集まってもらい、多くの考え方のなかから問題を一つずつ解決すればいいのだから、ホームランのような一発逆転ではなくて、振り逃げでもデッドボールでもいいから塁に出ようという構想が必要でしょう。地域のなかにそういう意識を芽生えさせなくてはいけない。 
 社民党はイデオロギー集団ではないのですから、市民一人ひとりの感覚を大事にして、人間が人間らしく生きていくための運動を実践することが、その代表として国会に議員を送り込みたいという有権者の感覚にもつながっていくのではないですか。  

福島 たしかに地道な活動が必要でしょうし、私もそういう活動をしていくつもりです。でも悩ましいのは、目に見える形での急激な変化を望まれるのですよね。 
 一から出直すということを、もっと街頭宣伝などで発言すればいいのかな。やっぱり伝わりきれていないのでしょうか。 
 基本的人権の部分はもちろんだけど憲法九条は絶対に変えない、変えさせないという姿勢を繰り返し打ち出すなかで、社民党が変わったところを分かってもらいたいのですけど、これは私の認識が甘いのかもしれませんね。 
 私たちは「強い日本」を望んでいません。女性や高齢者、子どもたち、ハンディキャップのある人、働く人のための政党を社民党は目指していて、ごく普通に働き、子どもを育て、歳をとっていこうという普通の人ヘメッセージを送っているつもりですけれど、そこもつながっていないのですよね。

鎌田 今の日本の国づくりは、大国を指向したもので、政府はある種虚勢すら張った国を意識的につくっています。アメリカと同じような国を目指すことが日本にとってどういう意味を持つのか、アジアのなかでどう受け取られるのか、その議論がないまま、ここまできてしまいました。 
 いろいろな組織の壁はあるけれど、投票するのは個人なのだから、社民党は組織の壁を超えて、個人にたいして明確な主張を伝えるべきだと思いますね。 
 今どき組織の決めた通りに選挙に行って投票する人はあまりいませんよ。それは、組織に不満があるからです。けれど、組織の壁の向こう側にむけて、個人に希望を与えるようなメッセージを、社民党は大胆に発してこなかったのではないでしょうか。

写真=編集部撮影

靖国問題と言論へのテロ(前)

 自民党元幹事長・加藤紘一衆院議員宅への、右翼による放火テロは、小泉首相(当時)の六回目の靖国参拝強行のあとを受けて決行された。 
 この事件は、2006年8月15日の夕刻、山形県鶴岡市の加藤議員の生家に忍び込んだ右翼の男が、放火して割腹自殺を図ったものである。その日の朝、小泉首相は、国内、国際世論を踏みにじって、靖国を参拝していた。この関連性は疑えない事実だ。 

 小泉首相は、「公約の実行」とうそぶいていた。公用車を使用し、モーニングを着用、「総理大臣小泉純一郎」と記帳したのだから、あきらかに憲法が定めている、「政教分離」への挑戦だった。
 自分の支持者にむけて参拝を誇示するために、国の規範を足蹴にする。本末転倒である。一国の首相が、「公」よりも「私」を優先するなど、あってはならないことだ。 

 まして、靖国神社は、戦争に動員された兵士たちが、「生きて虜囚(りょしゅう)の辱(はずかしめ)を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿(なか)れ」との「戦陣訓」通りに、天皇のために死ぬ、マインドコントロールの装置だった。
 その靖国への参拝を批判してきた加藤議員の事務所と住宅に放火した65歳の右翼男は、高名な政治家への自爆テロによって、おのれの名を上げようとしたのだ。 

 この事件は、六たびにわたって強行された小泉首相の暴挙に励まされて起こされた。靖国神社にささえられた日本軍に、侵略されつづけてきた、韓国や中国の人びとたちの抗議に対して、小泉首相は、改めることなく、敵意しかみせなかった。
 小泉首相の排外主義的な言動が、ナショナリズムを引き出している。あたかも、特攻隊のような参拝の強行が、カッコいいと支持されている。 
 右翼男の攻撃は、このようなアナクロニズムの言動に力をえて実施された。首相の参拝を批判する言論にたいする放火テロは、民主主義の基盤への攻撃であり、その住宅に住む95歳の母親の命を脅かすものであり、自分の名を上げようとした売名行為として、きびしく糾弾されなければならない。(つづく) 

『いま、連帯をもとめて』大月書店、2007年6月

写真=靖国神社、2008年2月23日、Photo by tokorokoko, GNU Free Documentation License1.2

再稼働反対 国会大包囲 2013/12/22

 今日、ご覧のとおり、国会はわたしたちの力で包囲されました。これは60年安保闘争以来の快挙です。
 さらに、さらに大きな運動に広がっていくためのスタートです。

 いま菅元首相は、民主党政権が2030年に原発ゼロということを決めた、とおっしゃいました。しかし2030年にゼロと民主党政権が言ったのは、わたしたちの反対の力です。わたしたちの反対があったから2030年と言ったけど、わたしたちは2030年ではすまない。すぐ「原発ゼロにしろ」という運動です。(そうだ!)

 そういうわたしたちの運動を、安倍政権がまったく無にしようとしています。これは絶対許せない。これはわたしたち人民がたたかってきた闘いに対する挑戦です。
 この恥知らずな政権を、早く叩き潰す。これは「愛国」政府といってますけど、亡国政府です。日本をつぶすために再稼働しようとしている。そして日本をつぶすために、再処理工場も「もんじゅ」も、そして大間もやるといっている。

     

 しかし、これは絶対できない。わたしたちの力でできないこともあるし、技術的にももう無理です。六ヶ所村の再処理工場を見てください。もう21回も延期しています。もうとっくに稼働しているはずですけど、故障続きでにっちもさっちもいかない。
 一方の「もんじゅ」はどうか。「もんじゅ」もまったく見通しがつかない。
 大間も、じつはまだ原子炉も何も入っていない。ただドンガラ、建物ができているだけです。なにもできていない。これも進んでいない。それにもかかわらず、彼らは原子力をエネルギーの基盤にすると言っています。なんと現実を知らない連中なんだ。(そうだ!)

 わたしたちの方に正義があります。絶対にわたしたちが正しい。なぜかというと、これは広範な声です。安倍政権の声は少数の声です。われわれが90%で、彼らは10%です。この力によって、絶対つぶす。

 ここまで盛り上がってきた運動を、さらに正月明けてから徹底的にやっていきましょう。3月福島で集会をひらき、3月15日にまた日比谷野音でやります。
 そして、フクシマから被災者を中心に東京に「押し出し」てきます。これはかつての谷中村の農民の苦悩を背負って、被災者の農民がいっしょに東京をめざす。そういう大行進をいま計画しています。
 皆さん、いっしょにやりましょう。まだまだ力は抜かない。徹底的にやりましょう。この国家秘密保護法があってもこわくない。徹底的にやって逮捕されましょう。監獄を満員にしましょう。だいじょうぶです。がんばりましょう。

橋本勝の風刺マンガ 「地球をかこむ原発の輪」

地球をかこむ原発の輪 

それは地球上にある450基あまりの原発による
危ない輪

それは原発を売って儲けをたくらむ先進国の
原発の利権の輪

それは核の平和利用とかにより進められた
核の愚かな神話の輪

それはクリーン、安全、経済的ということで推進されてきた
原発の嘘の輪

それはヒバクの危険をおかして働く
原発労働者の輪

それはスリーマイル、チェルノブイリ、フクシマの次に
おこりかねない原発事故の輪

それは地球をおおう放射能の
汚染の輪

それはいのちの星地球を
死の星にかえる原発の輪

それは子どもたちの未来を閉ざす
20世紀の悪しき遺産の輪


米軍の監督義務を日本が負う

12月16日付「横須賀・イラク 女性や子供たちの叫び声」の続きになります。

 JR横須賀駅のすぐ前から展(ひら)けている入り江には、米軍の艦艇や潜水艦が碇泊(ていはく)し、すこし離れて海上自衛隊の艦船が並んでいる。
 わたしは、問題のキティホークを一目みたかったのだが、見当たらなかった。前日にどこかへ出航していった、という。 

 2006年10月20日、横浜市中区日本大通の横浜弁護士会館で、記者会見がおこなわれていた。
 元米兵に殺された佐藤好重さんのふたりの息子と彼女の婚約者とが、犯罪者の元米兵と日本政府を被告として、損害賠償請求の裁判を起こしたのだ。 
 在日米軍は、旅券、査証、外国人登録やその管理に関する日本の法律の適用から除外されている。米軍が基地の使用権、管理運営権、警察権などをもっているため、日本の行政警察権は、大幅な制約をうけている。

 だからこそ、在日米軍は、自律的統制を必要とし、米兵を監督する義務を負う。
 ところが、罪を犯す高度の蓋然性があるのに、上司がそれを予測し、防止する、という注意義務に違反する違法行為があった。 
 日米地位協定にもとつく「民事特別法」によって、米兵の公務中の違法行為による損害は、米軍に代わって、日本政府が損害賠償責任を負う、と定められてある。 

 記者会見に出席した山崎正則さんは、背筋のしゃっきりした人物で、いかにも篤実なバスの運転手の風貌である。被害者とは、職場で知りあっていた。
 損害賠償の裁判は、たいがいカネ稼ぎとの悪評を浴びがちだが、それも覚悟のうえ。 
 「二度とこのような悲惨な事件を起こさせないためにも、米兵個人を罰するばかりではなく、米軍の監督責任を追及したい」と彼はいう。 

 警察ははじめのうち、山崎さんを犯人と疑った。出頭させて、午前2時まで尋問し、家宅捜索までおこなっていた。
 一方、さっそくやってきた防衛施設庁の課長は、いくらでもいいから、ここに金額を書いてください、と領収書を取りだした。米兵の交通事故などでもよくやる手慣れたやり口である。 

 米海軍横須賀基地の前で写真を撮っていると、フェンスのなかから、警備を担当している、迷彩服姿の若い自衛隊員がでてきた。 
 「基地のなかは写さないでください。米軍を刺激しますから」 
 いつの間にか、基地のゲートさえ撮影禁止になってしまっている。これだけ、公然と日本の領土を占拠し、住民に被害を与えていながら、その存在自体が秘密の基地にされていく。にもかかわらず、若い米兵やアメリカ人家族たちが、その周辺をさかんにあるきまわっている。頭隠して尻隠さず、というべきか。 

style=  横須賀港には、2008年、キティホークに代わって、原子力空母「ジョージ・ワシントン」が配備される計画がある。
 約40万キロワット級の原発が、大都会のそばの海上に置かれることになる。軍事施設だから、原発よりもさらに危険だ。 
 2006年9月には、横須賀港の海水から、コバルト60などが検出された。出港していった原子力潜水艦から排出された、と推測されている。 

 米軍の極東・中東の軍事戦略に従属している日本の基地は、これから、米軍の世界戦略強化のための一方的な再編と日本を戦争にまきこむ日米共同作戦によって、ますますキナ臭いものになっていこうとしている。 
 2007年7月5日、横須賀市内のアパートで、日本人2人の女性が、19歳の米兵に刺傷される事件が発生した。

『痛憤の現場を歩くⅡ 絶望社会』金曜日、2007年9月


写真=横須賀に入港する原子力空母ジョージ・ワシントン、アメリカ海軍、パブリック・ドメイン

お知らせ 「いますぐ東電を破たんさせよう!─ 会社更正法の申請を」

総理大臣、経済産業大臣あてに要請書と、署名を提出します。第一次集約の期限は12月27日(金)ですが、東電による「総合特別事業計画」が出された場合などに、先行的に公表する場合があります。
次のサイトで、簡単に署名ができます。ぜひご協力ください。
https://ssl.form-mailer.jp/fms/dec38f39276436

内閣総理大臣 安倍晋三 様
経済産業大臣 茂木敏充 様
 東京電力福島第一原発震災により、多くの人がふるさとも生活も仕事も奪われ、未だに15万人以上の人が避難を強いられ、多数の人が2年9カ月もの仮設住宅での生活を余儀なくされています。各地では放射線による健康被害が懸念される中、福島第一原発では汚染水が垂れ流され、1〜3号機でメルトスルーした燃料デブリは手つかずのまま、廃炉への道は全く見えないばかりか、新たな地震による事故処理の破たんが心配されています。
 私たちは、そうした東電に対して日本政府が現在行っている、無尽蔵な血税の投入や電気料金の値上げを容認するといった甘い対応姿勢に断固として抗議します。今回の事故で最も責任を取らなければいけないのは、私たち市民ではなく東電です。さらに東電に投資して原発を推進させてきた銀行などの債権者も、事故の責任を取るべきです。しかしながら、逆に東電や銀行は、福島第一原発の事故処理部門の切り離しや不採算部門の分社化で延命を図ろうとしています。私たちは日本政府に対して、以下の要請を行います。
1.東京電力に会社更正法をいますぐ申請させ破たんさせ、株主や銀行にも法的責任を取らせてください。
2.柏崎刈羽原発の再稼働を前提とした東京電力の「総合特別事業計画」を認めないでください。
3.上記対応の一切の過程や内容を、全ての市民に対して情報開示することを約束してください。


■東京電力は「債務超過」を隠ぺいしています
 東電の2012年度3月末決算の純資産は8,317億円ですが、原子力損害賠償支援機構からの交付金(税金)3兆1,231億円を本来なら借入金として「負債処理」すべきものを、不当にも「特別利益」として計上し「債務超過」を隠ぺいしています。

■政府は東京電力にすでに「6兆円」を支援しています
 政府は原子力損害賠償支援機構を通して東電に対し、事故以来の2年間で損害賠償のための5兆円の交付国債と金融機関への返済のための1兆円の資本金の、併せて6兆円を支援しています。それでも東電は2012年11月の『再生への経営方針』で「賠償・除染の費用は一企業では対応できない」とし、政府に5兆円の支援要請をしています。

■東京電力は「損害賠償金」を払い渋っています
 原子力損害賠償支援機構から東電へ2013年3月末までに支払われた賠償金は2兆3,513億円ですが、被災者の手に損害賠償として支払われた額は1兆8,536億円にすぎません。東電は「債務超過」を避けるために、幾多の苦しみを背負い生きている被災者に支払うべき賠償金の実に4,977億円も内部留保し、巨額の払い渋りをしています。

■東京電力の柏崎刈羽原発の再稼働は許せません
 東電の破たん処理による債権放棄をおそれる金融機関は、その再建計画における収益見込みを「水増し」するために、柏崎刈羽原発の再稼働を迫っています。東電が自ら設置した原子力改革特別タスクフォースでも、福島第一原発事故の原因を「稼働率を経営課題としたこと」と反省していながら、収益目的の再稼働に走ることは許されません。

■東京電力では事故収束はできません
 この先何年かかるか、費用がいくらかかるか見通せない福島第一原発の事故収束事業は、経営を最優先する営利企業には不可能です。ましてや事故を起こした当事者の東電には、その財力も体力も能力もありません。福島第一原発の事故収束作業は、国の責任の下で世界的な叡智を結集したプロジェクトで取り組まなければなりません。
2013年12月22日


【呼びかけ】
東電を破たんさせよう!市民の会

【呼びかけ人】
東井怜(東京電力と共に脱原発をめざす会)、植松青児(東電前アクション)、うのさえこ(ハイロアクション福島)、大富亮(電気代一時不払いプロジェクト)、岡本達思、海棠ひろ(福島原発事故緊急会議)、海渡雄一(脱原発弁護団全国連絡会・共同代表)、河合弘之、木村雅英、木村結(東電株主代表訴訟)、紅林進、阪上武(福島老朽原発を考える会)、志葉玲(ジャーナリスト)、白井伊征子(eシフト)、杉原浩司(福島原発事故緊急会議/eシフト)、菅波完、高木章次(プルトニウムなんていらないよ!東京)、田中一郎、堀江鉄雄(東電株主代表訴訟)、満田夏花(環境NGO理事)、武藤類子、山崎久隆(たんぽぽ舎)、吉川真実[50音順]

【賛同団体】
東京電力と共に脱原発をめざす会、福島原発事故緊急会議、反安保実行委員会、唯足舎、さよなら玄海原発の会・久留米、脱原発大分ネットワーク、放射能ゴミ焼却を考えるふくしま連絡会、鮫川村焼却炉問題連絡会、放射能を拡散させない市民有志の会、夏ハゼの会(福島県田村市)、未来といのちを守る会、森のこや、かぶら屋、西屋敷、未来といのちを守る会泉州、原発を考える品川の女たち、ノーニュークス・アジアフォーラム・ジャパン、原発いらない福島の女たち、自然エネルギー推進ネット・光(山口県)、原発やめよう/つながろう関西・マダム会議、電気代一時不払いプロジェクト、脱原発の日実行委員会、東電株主代表訴訟、脱原発・東電株主運動、プルトニウムなんていらないよ!東京、ふくしまWAWAWA─環・話・和─の会

お知らせ 橋本勝『21世紀版 戦争と平和』

当ブログのレギュラー執筆者、橋本勝の新刊『21世紀版 戦争と平和』が、1月5日に七つ森書館より発刊されます。ぜひご高覧ください。

21世紀版 戦争と平和

「生きにくさの時代」―― みえない「敵」の前で

 「生きにくさ」というキーワードがだされてるんですけど、わたしたちは敗戦以来、一生懸命働けば時代はよくなるし、生活も向上していくという、約束された時代のなかで生きてきたと思うんですね。
 わたしは1938年生まれで、敗戦のときに国民学校一年生ですけど、だいたい、そのあと、団塊の世代の人たちぐらいまではそういう思いがあって、事実、どんどん経済的に向上したと思います。でも、いまはそういう「いい時代」を経験していない若者たちがほとんどになってしまった。まったく時代が変わったと思います。 

 オイルショックがひとつの契機になるのでしょうか。1973年のオイルショックで、産業的にいいますと、ここから「雇用調整」とか「リストラ」とか「希望退職」という言葉が登場しました。
が、日本の企業は労組を捲きこんでは人員削減を徹底的にやって、合理化というのをやって、それで乗り切ってきましたから、そのままバブルにむかって、90年まで成長してきたわけです。
 90年以降に生まれた子どもたちというのは、ずっと低成長時代のなかで生きてきたのです。食べるのにはそんなに事欠かないというところではあったでしょうが。 

 ところが、2000年になる前ぐらいから、「フリーター」という言葉が蔓延してきました。いまは「派遣労働者」という言葉や、「ワーキングプア」という言葉が頻繁に使われます。現在、15歳から24歳の人たちの半分は、非正規社員、派遣や期間工です。この人たちは、経済がしり上がりによくなっていくという実感をもてないでいるでしょう。 
 「希望格差」という言葉がありますが、希望をもてない、将来の生活設計ができない世代といえるかもしれません。 

 わたしが中学生のころは「金の卵」といわれ、「集団就職」の時代とほぼ重なっていまして、大人の場合は出稼ぎ労働者というのが盛んになった時代なんですけど、そういう金の卵といわれた低賃金若年労働者、かれらも東京に来れば、幻想であれ、商店の経営者になるとか、町工場の経営者になるなどの希望をもてたし、実際それを達成した人もいました。しかし、ほとんどはそんな簡単に達成できないわけで、だんだん地価が上がってきたから、町工場も買えないというような状況になったんですね。 
 でもまあ、一生懸命やって貯金すれば、プレスの機械を一台買って、妻と二人でやるとか、下請けの仕事をもらったり、賃仕事をやって財産をふやしていくということも可能でした。床屋やクリーニング、時計屋や靴屋で修業したりして、集団就職の子どもたちは、挫折して帰る人もいたけど、それなりに一家を構える希望がありました。 

 いまはどうでしょうね、15歳で中卒だったら、ほとんどはじめから脱出できないでしょうし、高卒で働いてもフリーターになるくらいです。わたしは「一家に1人フリーター」といっているんですけど、時代が冷え切っている感じがします。
 いまは政治的な転換期なんでしょうが、転換が強くもとめられている感じですね。そこまで生きにくい時代は進行しています。
 生きにくい指標の最たるものは、98年から自殺者が11年間連続して3万2000人ていど発生していることですね。この11年間だけで35万人以上です。戦争状態ですね。
『いま、逆攻のとき 使い捨て社会を越える』大月書店、2009年5月


写真=レディー・ガガ(2011年7月), 彼女の踊りや歌、入れ墨、そして化粧、ファッションもすべて「生きにくさの時代」を象徴している。Eva Rinaldi撮影、クリエイティブ・コモンズ 表示-継承 2.0 一般ライセンス

本音のコラム 12/12/24「毒を食らわば」

 原発推進派の誘致運動を、わたしは「毒を食らわば皿までも」と表現してきた。原発が隣の村にできて、同じ危険になっても交付金支給では立地地域分と隣接分での極端な差がある。それならわが村にも誘致しよう、との声を聞いてきた。

 福島の事故があってなお、再稼働を求める「原子力マネー汚染村」のボスたちの声は、やはり「毒を食らわば皿までも」なのだ。
 原発の回復不能の症状とは、依存がどんどん深まることだ。ほかのことを考えるより、いまのままを願う。企業城下町の通弊とはいえ、害悪は公害の比ではない。

 原発誘致は貧しさからの脱却のはずだったが、村議や村長など有力者たちがおこぼれにあずかっただけだった。健康を犠牲にしておカネというのは、依存の極端な表現で、けっして豊かさの証明ではない。

 日曜日。東京での再稼働反対集会は、秘密保護法成立のあとだけに、怒りのこもったものになった。原子力基本法に「安全保障に資する」の一句が入って、たちまちにして、原発問題は軍事秘密になった。私は集会で、「愛国」などではない、「安倍亡国内閣」といって、大きな運動を呼びかけた。

 フクシマの傷口に塩を塗るような原発再稼働と「戦争のできる国」への逆走は、戦後民主主義のすべてを奪うもので、許せない。
(東京新聞 12月24日)

市民たちのメディアが力を持ち始めた

 大マスコミが急速に信用を失った理由は、(福島原発事故で真実を報道しなかったことの)ほかにもあります。どこか権力的で、透明人間的(中立的)で、市民感覚から離れてしまったのです。ですから、旧来の大マスコミに代わるものを求める声はますます高まってきて、それに対応する新しいメディアが現れてきたのです。 
 たとえば、フェイスブックやツイッターなどを通じて、さまざまな市民グループによる調査データが流れるようになっています。ニコニコ動画などの動画共有サービスでは、記者会見をノーカットで見られたりするのです。 
 「ソーシャルメディア」や「オルタナティブメディア」など、これらの総称はいくつかありますが、旧来のマスコミに代わるいろいろな「市民たちのメディア」ということができるでしょう。何千万人という人々が日常的に接する大マスコミからすれば、とても小さな規模ですが、大きな力を持ち始めているのです。 

 そのことを実感したのが、2011年9月19日に東京・明治公園で行った「さようなら原発1000万人アクション」集会(以下、9・19集会)です。 
 この集会は、わたしのほか、ノーベル文学賞を受賞した小説家の大江健三郎氏、経済評論家の内橋克人氏、音楽家の坂本龍一氏、作家の澤地久枝氏など九人が呼びかけ人になったもので、当日は、6万人を超える人々が集まりました。
 最寄りのJR千駄ヶ谷駅は、プラットホームまで人で溢れかえってしまい、危険を避けるため、電車が停止せずに通過したと伝えられています。 

記者会見 9・19集会に関しては、事前に二回の記者会見を開きました。初めは6月15日でした。集会呼び掛け人のひとりで澤地さんと内橋さんとわたしの3人が出席しました。このとき大きく取り上げたのは東京新聞だけで、ほかは少々。驚いたことに、朝日新聞や読売新闘の当日夕刊、翌日朝刊には何も載りませんでした。
 朝日新聞は、6月15日は記者が誰1人来ておらず、後で慌てて電話をかけてきて小さい記事にしたりしました。 
 次こそはと意気込んで、9月6日に2回目の記者会見を開きました。大江さん、日本弁護士連合会会長の宇都宮健児氏、集会呼び掛け人の1人で作家の落合恵子さんとわたしが出席して、9月8日の「さようなら原発講演会」と9・19集会について述べました。このときは、朝日新聞の記者が4人来たので、「今度は入るだろうね?」と尋ねたのですが、「いやー」と煮え切らない返事をします。
 結局、ようやく東京地方版に取り上げられたのです。わたしにいわせれば、ノーベル賞作家が原発問題で記者会見を開いたら、それは大ニュースですからきちんと扱うべきで、意識的に冷ややかでした。 
「人々に共感されるジャーナリズムを」『現代社会再考』水曜社、2013年1月

終わらない公害 水俣病

 『週刊金曜日』連載の取材で、水俣市にいった。この悲劇の町に、産業廃棄物の処分場がつくられようとしている、と聞いたからである。 

 水俣といえば、たちどころに、湯堂のちいさな入り江の遠景が浮かんでくる。1968年9月、政府による「公害病」認定のあと、わたしは、はじめて出かけていった。このとき、湯堂の集落に下りていく道から見下ろした入り江は、光り輝いていて、息をのむほどに美しかった。 

 民家のすぐそばに、小舟が係留されていたような記憶がある。今度いってみると、岸壁がつくられ、降りつづいていた雨のせいか、海は濁っていた。 
 ひとびとの暮らしを丸ごと引き受けていた湯堂や茂堂のちいさな湾は、石牟礼道子さんによって、「苦海浄土」と名付けられた。その悲劇が起こるまえは、「椿の海」と呼ばれていたのだ。
 その海から7キロほど、湯出川に沿って上っていくと、あちこちのがけのうえから、流水が激しい。小さな川は、激流になっていた。それが市内の水源になっている。
 

 その山のうえの開拓地が、ゴルフ場として買収され、最近、203万トンもの産廃を投棄する計画が、ひそかにすすめられているのがわかった。 
 市長には反対派が選ばれ、市民ぐるみの反対運動がつづいている。チッソの廃液で苦しんでいる水俣市民の頭のうえに、こんどは産廃を捨てるなど、並の神経ではない。
 東京新聞「本音のコラム」2006年7月25日
写真=熊本県水俣市にある水俣病資料センター、Photo by STA3816, Public domain

最近の新聞記事から「君が代不起立教員 前代未聞の再処分」(編集部)

 東京新聞・朝刊12月20日「こちら特報部」は、「都教委 異様な粘着気質」の見出しで、君が代問題で最高裁判決を無視して、再処分を強行した問題をとり上げた。以下は、その記事のリードの部分。

  都立校の式典で、君が代の起立斉唱を拒んだ教職員への処分について、最高裁が「減給は重すぎる」と処分を取り消した教員七人に対し、東京都教育委員会は17日、戒告処分を出した。最高裁判決の趣旨は処分乱発をいさめたもの。にもかかわらず、都教委は猪瀬知事の醜聞騒ぎにまぎれ、前代未聞の再処分を強行した。(出田阿生)

 2005年3月、卒業式での君が代斉唱時に起立しなかった教職員に減給という懲戒処分を下した都教委に対して、最高裁が「減給は重すぎる」と判断し、処分を取り消した。ところが、都教育庁教職員服務担当課の職員は「それより軽い戒告については何も言われていない」として、「戒告」処分を出したのである。
 東京新聞が「異様な粘着気質」と批判しているように、最高裁による処分取り消しがあったにもかかわらず、軽い処分なら最高裁から「言われていない」からという理由で遮二無二みずからの権力を行使しようとする。さらに、事件から8年過ぎても、あくまで職務命令に背いたという理由での処分を遂行する。
 東京新聞の記事は、「最高裁の苦言も無視 「まるでストーカー」」という小見出しをつけているが、この執念深さは確かに「異様な粘着気質」で「ストーカー」体質との批判が適切だろう。

 こうした教育システムは、当然生徒の方にも浸透していく。
 昨日の当ブログの記事でとり上げた秋田の畠山鈴香受刑囚の場合も、小学から高校まで一貫して執念深いいじめに遭っている。父親の酷い暴力、そして高校の卒業でのクラスメイトの寄せ書きにも心ない言葉が彼女に向けられている。こうした環境では、精神を病まない方が不自然なほどである。
 罪は罪として償わなければならないが、厳罰をもって対処するのではなく、犯罪の根源にあるのはむしろ都教委のような「異様な粘着気質」の支配欲であって、そうした精神構造をこそ断罪すべきである。学校にこびりついている「いじめ」は深刻化し、子どもの頃から生きることが楽しくない世界がしずかに広がっている。
 都教委のような権力が教員を縛りつけ、個人として尊重することを否定する構造こそ、明白にしつつ、わたしたちが克服していかなければならないものである。そのためにも、この東京新聞の記事のような言論メディアは価値をもつといえるだろう。

 現安倍政権は、国家安全保障戦略に「愛国心」を明記したが、「日の丸・君が代」に続いて、国民のこころまで縛りつける道具をつぎつぎに準備している。戦前のファシズムの再現を図ろうとする戦略である。それと東京都教委の「異様な粘着気質」は本質的に通じ合っている。

『橋の上の「殺意」』畠山鈴香との交信(結)

11月15日付『橋の上の「殺意」』の続きになります。
手紙の受取人畠山鈴香は、2006年秋田で起きた児童連続殺人事件の犯人で、『橋の上の「殺意」』はその事件に克明に迫った鎌田慧のルポルタージュ。今年8月に講談社文庫で再版され、そのあとがきに畠山鈴香受刑囚との手紙が掲載されている。今回が、手紙の最終回。


 今年(2013年)2月に四十歳の誕生日を迎えたとき、「一応、節目の時なのかとも思ったりして、四十歳という年令にふさわしい行動や考え方をしているのかと考えました。やはり残念ながら年令にふさわしいとはいえない、まだまだ未熟で子供だなと納得してしまいます。少しでも年令にふさわしく、人としてきれいな年の取り方ができればいいなと思います。できれば、かわいいばあちゃんと周りから言われたいですね」 
 こんなお手紙をいただくと、もしも裁判官が、世論や検事の主張に迎合して、死刑にしてしまったなら、このような女性を一人殺すところだった、ということがよく理解できるのです。 

 べつにあなたは、この手紙が引用されるとは思っていないでしょうし、わたしにもそのつもりはなかったのですが、最近、また自民党政権に復帰したら、たちまちにして、死刑執行が流行のようになったことを、わたしは憂(うれ)いているのです。
それで、辛うじて死刑判決を脱したあなたが、その後どのように暮らしているかを、伝えたいと思うようになったのです。

 小説好きのあなたの文章は明るく、正確で、読むのが楽しみです。3・11の日について書かれた以下の手紙は、「刑務所からの報告」ともいえる、貴重なものと思います。

Abukuma_River,_Fukushima_City,_Japan
 「鎌田さんは地震の時、日本にいなかったのですね。良かったというべきかどうか、知り合いや友人も多いことと思います。皆さん無事でしたか?
 こちらは震度6強で工場はギシギシとたてに横にゆれ、机の下に1時間ももぐり、正直死を覚悟しました。 
 地震前は晴れた日差しが入ってきていたのに、机の下から出ると外は雪が降りつもっていました。 
 地震後しばらくは食事もカロリーメイトとかかんづめとか日中もすくなかったですね。入浴は18日が10分だけで髪も洗えませんでした。
 仕事もなく、工場が可働したのは29日だけど、洗濯工場は多くの機械が壊れて4月25日まで可動しませんでした。 
 津波で家族や家を失った人もたくさんいると聞いているし、(家族が)避難所で生活しているので仮釈放が中止になったひともいました。今年はやはり運動会は無いと発表がありましたが、元々新しい施設で行事がすくないので、代わりにボールパスリレーを講堂で工場対抗でやることとなりました。 
 正式に放射能について施設側から説明も対応の説明もありません。ここにいるしかないのだからしょうがないのですけどね。ここにいるがために助かったという人もいる様です。
 自分がなぜ生きているのか。何ができるのか。ふとした時に考えてしまいます。ずっと骨髄バンクのドナーになりたかったのだけど、資料もなく、ここでは無理なのかとあきらめかけています」


 そうでしたか。刑務所にいたから、津波に巻き込まれなかったひともいる。人生なにがさいわいするかわからないものですね。 いびきが人並み以上にうるさい、というので、雑居房から独房に移されたそうですが、これもどちらがいいのでしょうか。あなたは集団生活にむかないのですから、いびきに救われた、ということでしょうね。 
暑くなります。どうかご自愛ください。
敬具  
2013年7月7日
  鎌田慧   
『橋の上の「殺意」』講談社文庫、2013年8月
写真=福島市を流れる阿武隈川、photo by Brian Adler,Public domain

トヨタの隠蔽体質を斬る

12月15日付「トヨタに“暴走" 隠蔽の旨味を教えた 20 年前の悪しき教訓」の続きになります。

 東京都府中市で死傷者6人をだした暴走事故では、ブレーキを踏んだのに車が止まらなかったとの主張を被告が譲らなかった。実際、事故現場ではブレーキと疑われるタイヤ痕が見つかっている。
 また87 年には、コンピュータ基盤に付けられたハンダのひび割れから暴走が起こるとしてトヨタがリコールしているし、アースの締め付けを忘れたトヨタ車の自動速度制御装置が誤作動し暴走している。
 それでも車の心臓部でもある電子制御が設計段階からおかしとは認めない。トヨタのかたくなな隠蔽姿勢は、80 年代末から一貫している。旧運輸省の不可解な最終報告書と米国でのロビー活動によるもみ消し、とは似かよった結果となった。

 AT車問題と今回の暴走問題の奇妙な一致点は、これだけではない。
 トヨタは89 年9月に、AT車の暴走につながる可能性のある欠陥を運輸省に報告せず、苦情のあった約3000 台の車の部品を密かに交換していたことが明らかになった。これはプリウスのブレーキの不具合をリコールせず、苦情の顧客だけコンピュータを改善していたのとおなじ処置である。

 当時、この問題について記者会見したトヨタの金原専務は、「このような不始末をしたことをおわびする。安全性に問題はなく、運転者の感覚的な範囲の問題としてとらえ、社内で対策をとっていた。リコールの対象外との判断だった」(『毎日新聞』89 年9月13 日)と語った。
 これもプリウス問題で記者会見をした横山裕行常務の「お客様の感覚と車両の挙動が少しズレていることによって、お客様が違和感を感じられると認識しておりました」という発言とおなじである。

 車が暴走しようが、ブレーキの利きが遅かろうが、お客様の「感覚の問題」だというのが、トヨタ方式なのだ。
 米国トヨタ自販のジム・レンツ社長が公聴会で説明した「世界的な情報の共有がうまくいかず、大半の情報が一方通行だった」ことが問題の本質ではない。情報を集めた先の大企業意識、殿様意識が、ユーザーの安全や不安を押し切ってきた。

 このような、これまでの一連のAT車暴走事件は、トヨタに悪しき教訓をあたえてきた。構造の欠陥を認めず、不安と不備をガス抜きをしながら時間をかけ、こっそりと問題をカイゼンしていけば世論も収まると。
 だからこそアクセルペダルの問題が指摘されても、死亡事故が起きるまでは放っておいた。日本のマスコミは、トヨタの広告費に餌付けされていた。

月刊「記録」2010 3 月号


写真=Taken by emrank, creative commons license

「福島からの訴え」(結び) 千葉親子(脱原発福島県民会議)

12月19日「福島からの訴え」 千葉親子(脱原発福島県民会議)」の続きになります。

 生活を置き去りにしたまま、故郷を離れ、避難生活をされている方々は、故郷に帰りたい、もとの暮らしに戻りたい、募る思いと、戻れない、戻りたくない・・・この先の希望も持てず、心に大きな不安を持ちながらも、多くの人は、そして、子どもたちは、日々の暮らしを明るく頑張っているのです。

 「わたしたち将来結婚できるかなぁ~」「赤ちゃん産めるのかな~」あどけない少女たちの会話を聞いたときは、私は、涙が止まりませんでした。未来ある子どもたちの夢や希望を奪うようなこの事件の、責任をいまだに、誰もとろうとしていないのです。
 避難した子どもも、避難できないでいる子どもも、将来の健康に格差が生まれないように、保養・避難・移住の仕組を作り、制度化し子どもを守って下さい。 

 原発は収束していません。事故そのものです。生活権を奪い、基本的人権を脅かしている事件なのです。
 きょうも過酷な原発事故現場では、1日に何千人もの労働者が被爆を余儀なくされているのです。私たちはその方たちの犠牲の上に、かろうじて今の暮らしが保たれているということを忘れてはならないと思います。  
 原発関連死で亡くなった人は11月14日現在1557人。自死された人や、収束作業で被爆し人知れず亡くなっている人、不慮の事故で亡くなった人の痛みを、政府も東電もどれだけわかっているのですか!!
 子どもたちの健康や未来に不安を抱えて暮らす生活がわかりますか!!
 故郷を奪われ、年老いた親を失い、子どもや孫の健康をきづかう福島の暮らしをほんとうにわかっていますか!!

 今でも福島は汚染の中で病み苦しんでいます。原発事故で死んだ人はいないと言われました。甲状腺がんが発生しても原発事故による影響ではないと言いました。1ミリシーベルト以下は目標だと言われました。事故はコントロール、汚染水は完全にブロックしてある、と言いました。直ちに健康に影響はない・・・と、繰り返し言いました。
 誰が信じていますか!!冗談もやすみやすみ言え!! 叫びたい気持ちです。
 嘘をつかれるのはもうたくさんです。
 子どもたちさえ守れない政府が「秘密保護法」でなにを守ろうとするのでしょうか。県民は本当に怒っているのです。

 「原発事故さえなかったら!!」
 「元の暮らしに戻せ!!」
 「原発はもういらない!!」
 被災者の叫びは、原発再稼働反対、原発を即ゼロに、放射能汚染被害者への償い、救済を求める声です。責任を果たさない東京電力、国に対し償いを求めるいのちの叫びです。  

 福島はあきらめません。この苦しみを決してわすれません。過去・現在、そして、未来の補償と安心安全を勝ち取るまでは絶対にあきらめません。

「さようなら原発 とどけよう!脱原発の声を」11月26日,日比谷野外音楽堂での千葉親子(ちかこ)さんのスピーチです。写真は、そのときのものです。編集部撮影。 

「日の丸焼却事件」

 1987年秋、沖縄では国民体育大会がひらかれていた。ソフトボール競技の会場は、第二次大戦中、悲惨な日米両軍の地上戦の舞台となり、集団自決もあった読谷(よみたん)村だった。 
 会場のスコアボードの上には日の丸の旗が掲げられていた。と、ひとりの中年の男がスタンドを駆けのぼって、日の丸の旗を引きおろし、ライターで火をつけて焼いた。「日の丸焼却事件」の発生である。 

 男はこの村でスーパーマーケットを経営している知花昌一さんで、器物損壊罪で起訴された。彼の行動は、沖縄住人としての「日の丸」への反発によるものだった。 
 それから6年後の93年3月、那覇地裁でこの事件の判決があった。懲役1年、執行猶予三年の有罪判決だった。 

 検事側の起訴状では、焼かれた物品が「国旗」とされているが、日本の法律では、いかなる旗が国旗であるかは法制化されていない。「国旗」の記述は意味不明だ。犯罪事実とされる訴因が特定されていない以上、起訴は無効であり、無罪である、と弁護側は主張している。だから、裁判では、「国旗」とは日の丸を指すのかどうか、が争われた。
 那覇地裁の判決は、「現行法制上、日の丸旗をもってわが国の国旗とする旨の一般的な規定が存しないのは弁護人が指摘する通りである……国民統合の象徴として用いる場合の国旗については何らの法律も存せず、国民一般に何らの行為も義務づけていない」 
 と、日の丸を国旗とする法律はない、と明確にしている。そして、そのあとで、 
「しかし、現在、国民から日の丸旗以外に国旗として扱われているものはなく、また多数の国民が日の丸旗を国旗として認識して用いている」から、検察官が焼かれたものを国旗といっているのは、日の丸のことを指すと理解できる、と判断している。 

 この判決で、裁判官は、日の丸を「国旗」だと断言しているのではなく、検察官が「国旗」といっているのは日の丸のことだというのはわかる、といっているにすぎない。 
 いま、日の丸を「国旗」とはっきりいっているのは、文部省である。92年度の小学6年の「社会」の教科書から、日の丸を「国旗」、君が代を「国歌」と記述させている。 
 それによって、卒業式で日の丸の掲揚や君が代の斉唱をしない教師を処分している。法的な定義やはっきりした国民的合意がまだないのに、文部省が処分を乱発するのは、法的には疑問がある。日本の教育は学校現場での教師や生徒の少数意見を尊重せず、封殺してしまう、という大きな欠陥をもっているが、日の丸・君が代処分は、その中心といえる。
『新版 現代社会100面相』 岩波ジュニア新書、1993年6月 

注)1999年8月13日、国旗及び国歌に関する法律(日の丸・君が代法)は公布、即日施行された。これによって、日の丸と君が代が国旗、国歌であると法的に定められた。ときの首相は小渕恵三、所管官庁は総務省である。

「町会加入促進条例」の撤回を!! (木下泰之世田谷区議からのメール)

「「町会加入促進条例」をめぐって」に対する木下泰之世田谷区議会議員からのメールを掲載します。

木下泰之 世田谷区議会議員の木下泰之です。世田谷区の事例を取り上げていただきありがとうございます。この問題につき、保坂世田谷区長へのパブリックコメントを書いていますのでご参照ください。

行政主権追随・同調主義助長の町会加入促進条例は撤回を!(2013年11月14日)
http://mutouha.exblog.jp/21322420/

 また11月議会での一般質問で取り上げていますので、ご参照ください。
特定秘密保護法と町会加入促進条例、原発即ゼロと川場村移動教室、都市計画見直しを問う(2013年11月29日)
http://mutouha.exblog.jp/21391755/

 なお、当初2014年2月の定例議会に提出予定とされていましたが、2013年12月18日開催の区民生活常任委員会への区側の報告では、寄せられた区民からのパブコメや議会での反対論に考慮して、2月議会への提出は見送り、再検討をするとの報告がありました。

 事実上の撤回をさせたわけですが、町会と世田谷区政との癒着や関連する利権には深いものがあります。

 世田谷区に限らず、地域コミュニティの抱える戦前の継承を切開し、ここに横たわる行政へのまた住民相互の同調主義を切開、解体し、市民の自立に根差した新しい連帯関係とその装置・枠組みを構築していかなければ、「隣組」の復活はいともたやすいと思うところです。

 2月議会では、「町会加入促進条例」の問題点をさらに適示し、同条例の正式な撤回を求めていく決意です。

 いずれにせよ、阪神大震災、東日本大震災を契機として「防災」を主軸に、「隣組」や「自警団」の復活が頭をもたげてきているように思います。総務省の動きに注意を払いつつ、特定秘密保護法体制下でのファシズム誘導に注意を払っていきましょう。


戦前の日本型ファシズムを推進した中心官庁は、現在の総務省と文科省、警察等が一つになっていた内務省でした。
かつての内務省の末裔ともいうべき官庁が一部の政治家と組んで、日の丸・君が代問題もそうですが、あやしい動きを見せています。これらの戦前のファシズム権力の復活を思わせる危険な動きに対し、各自治体、市民レヴェルでの反攻が、逆に民主主義をたしかなものにするようにも思われます。(編集部)

橋本勝の風刺マンガ 「2013年12月6日、日本の民主主義は敗北した」

12月6日b

この日、ついに特定秘密保護法が
反対する多数の市民が国会をとりかこんでいることを無視し
参院での強行採決により成立した
安倍政権による日本の民主主義の破壊はとどまることをしらない
戦前、戦中の日本をとりもどしたいアベさんである
平成の治安維持法たる特定秘密保護法の次にねらうのは
改憲による戦争できる国
日本の民主主義の3本の柱ともいうべき
憲法の国民主権、基本的人権、平和主養はないがしろにされ
国民のいのちと暮らしは危機的である

しかも12月6日に
安倍政権は原発の維持をうちだした
再稼働にさらに新設、増設をもやろうとしている
福島原発事故も収束していないというのに
しかも許されないことに福島原発事故の経験を売りにして
「日本の原発の安全は世界一」と言い放ち、トルコへ、
さらにベトナムへの輸出をたくらんでいる
自国の経済の利益のためなら他国の人の命なんか気にしない
民主主義を破壊し、日本を、世界を危機におとしいれる
安倍政権にサヨナラだ。

読者からのコメント 「生命を大事にする運動は多様な要求を吸収できる」

衣笠書林@猫の生活が第一さま

 市民社会は重層的な人間関係を作るのですが、却ってヤマアラシジレンマが多くの人に拡がり、個人と個人の友人関係を作れず、むしろ強制されて活動し、人間関係が出来るのを求める人が増えているのではないかと恐れています。どうすれば良いか考え続けているのですが。

 民衆は価値判断の基準となる「道理と筋道」を求めています。原発反対や秘密保護法反対が世論の過半数を超えたのは、それが明確だからでしょう。
 保守の論理「占領憲法から時代に合った憲法へ」に対する、道理と筋道に立った反論を示せば民衆は支持すると思います。
 
民衆の中にも「(物理的な)命よりもっと大切なものがある」と思う人は沢山いると思います。それはライフワークであったり、未来であったり、社会正義であったり、様々ですが。生命の本質は類的ですから。
 そこに響くメッセージがあれば爆発的な力が出るのではと。

原発が建設された地

12月3日付「放射能で汚染される前にカネで汚染される」の続きになります。

 石川県珠洲市では、原発の建設用地の買収が成功せず、途中で計画を中断しました。新潟の巻は、東北電力が土地の90%まで買収したのですが、最後の詰めができずに、結局、原発の建設を断念しています。 

 最後の詰めというのは、町有地が残っていたのです。それで、町長選挙があり、反対派の候補者が推進派の現職に勝って反対派の町長に代わった。すると、新しい町長は、原発用地内に唯一残っていたその町有地を、反対派の住民に売ってしまったんです。
 それで、ギブ・アップしてしまったんですね。これは、就任した反対派町長の大英断でした。どれほど住民から顰蹙(ひんしゅく)を買おうが、反対派の同志に町有地を売った。だから、東北電力は中心となる町有地を買収できずに、計画を断念せざるを得なかったわけです。 

 このように、いろいろな住民の抵抗があったところには、原発がありません。金にあかせた攻撃に負けたところに、原発がつくられてきました。そういうことを、この40年間、私はずっと見てきました。
 反対運動の指導者たちが買収されていきますが、それには大体、息子や娘の就職の問題が大きく影響しています。 

 原発があるところは僻地で、鳥も通わぬというか……。例えば、「もんじゅ」(福井県敦賀市にある日本原子力研究開発機構の高速増殖炉。1995年に冷却水のナトリウム漏洩による火災事故、2010年に炉内中継装置落下事故や放射性ガス検知器の誤作動などを起こして、運転停止中)は、若狭湾の山の中腹に建っています。
 そこは、以前は白木(しらき)と呼ばれる部落のひとたちの土地でした。海を渡った、「新羅」という地(韓国)から、やってきたひとたちの子孫と伝えられています。
 昔は峠の難路を越えなければいけないようなところでした。そこで、原発ができれば道路もできる、生活の不便さが解消されるという謳い文句で喧伝されました。ただし、それは原発建設のための道路であって、人間のための道路ではなかったんですね。 
 いままで政治の光がまったく届かなかったところ、疎外されていたところ、差別されてきたところに原発が現れてくる。これが、1970年以降の原発の歴史です。

澤地久枝・鎌田慧編著 丸木俊画『ほうしゃせん きらきら きらいだよ』七つ森書館、2012年12月

写真=高浜原発、福井県大飯郡高浜町, Photo by Hirorinmasa, GNU Free Documentation License1.2

「福島からの訴え」 千葉親子(脱原発福島県民会議)

 3.11原発事故から2年8ヶ月が過ぎました。この間多くの方々からご支援や励ましを頂きました。本当にありがとうございます。
 私は、第一原発から約100キロの会津に住んでいます。比較的被害の少なかった会津は、被災地からたくさんの方が避難されてこられました。
 しかし、3.11の放射能は間違いなくこの地にも降り注いでいます。自然と共に命をはぐくんできたこの地は、今年も、山菜やきのこは規制がかかっています。清らかな沢水は飲めず。川や湖で捕れる魚も、釣ってもたべるなとの規制で、捕っても食べることが出来ないのです。
 
 この間、原発を取り巻く状況は、何一つ変わらず、汚染水の問題や、今も毎時1000万ベクレル(2億4千万ベクレル/日)の放射能の垂れ流しが続く状態のなか、事故現場では、燃料棒の取り出しがはじまりました。
 200万県民は、長期化する放射能汚染の中で、さらなる緊張を強いられているのです。
 地震が起こる度に、台風が来る度に、「原発は大丈夫か!!」と声かけ合い、いつも、車にはガソリンを満タンに、水は汲み置き、風はどっちから吹いているか・・・と、放射能の影響を心配しながら、心身ともにストレスを抱えた生活を余儀なくされ続けているのです。
 日常生活を根底から覆す放射能ほど、不条理で、差別的で、理不尽で、世代間不公平は、ないのです。

 私たちは、3.11以降「子どもたちの命を守れ!」「暮らしを返せ!」「子どもの避難・保養を保障しろ!」「原発はいらない!」「再稼働許すな!」と「1000万署名」に取組み、あらゆる活動を通して、脱原発の意志を確固たるものとしました。
 しかし、政府は原発の再稼働、国外輸出、など過酷な福島の惨状を忘れたかのように原発推進の動きが進み、避難指示解除準備区域では、実効性と成果のない除染作業が進められ、帰村宣言や、移住が進められてきています。生活を置き去りにしたまま、放射能汚染に故郷を奪われ、いまなお、県内外に避難されている県民は15万5千人を越えています。
 
 長引く避難生活に新たな不安と悲しみが、心の中に澱のように積もり続け、忘れ去られてしまうのではないかという孤独と不安に幾度となく襲われました。
 そんな中、IAEAは「除染目標は1ミリシーベルトにこだわらない」との認識を示しました。石原環境大臣は「助言を生かし除染を加速させる」といわれました。「助言を生かす」とはどういうことでしょうか!「原子力基本法」の「文部科学省令」で定められている、一般公衆が1年間にさらされてよい人口放射線の限度は、1ミリシーベルトと規定されているのに、「こだわらない」と言うことは、違法行為になりませんか!!
 
 また、今月13日の新聞に、福島県は甲状腺検査を受けた18歳以下の22万6千人の内、甲状腺がんや疑いを含め人は、59人と発表しました。8月よりも15人も増えているのです。「県民健康管理検討委員会」は原発との因果関係はないと、即否定をしています。
 子を持つ親は、ひとつの事柄にも、子どもを被爆させてしまったのではないかと、自分を責め苦しんでいるのです。これから育つ子供たちに、県民に、すべての国民に、これ以上の被爆を強いることは許されません。
 
 こんなことが許されるのなら、安倍総理大臣!
 東京オリンピック、250キロ離れているから、大丈夫などといわずに、20ミリシーベルト以下の「避難指示解除準備区域」での競技も可能になるのではありませんか。
 できますか!!1ミリシーベルトに不安を抱きながら、子育てをし、農林漁業に苦慮している県民と寄り添い命を守ることを大事にして下さい。(つづく)


「さようなら原発 とどけよう!脱原発の声を」(11月26日,日比谷野外音楽堂)での千葉親子さんのスピーチからです。近日中に、後半を掲載する予定です。

ヤミの労働者

 「外国人研修失跡、途中帰国1万2700人」  
 『東京新聞』2008年10月10日朝刊の見出しである。会計検査院の調査によれば、厚労省は、2006、2007年度で、「発展途上国への技術移転」を目的とした、外国人研修・技能実習制度」の運営委託先である財団法人(この記事では、名前が特定されていない)に、約7億3000万円を支給していた。 

 しかし、その2年間に研修・実習生として入国した20万3000人のうち、受け入れ先の企業から失踪したり途中帰国したりしたものは、1万2700人にものぼる、という。 
 このため、検査院は厚労省に雇用状態を把握し、効果が上がるように改善をもとめた、という記事である。しかし、2年以内に5パーセント以上のひとたちが途中で挫折する、というのは異常である。この制度では、最初の1年間は「研修」、2年目からの2年間は「技能実習」として、工場や農家などで働くことができる。 

ベトナムの群衆 建前としては、研修生は労働者ではない。あくまでも「研修生」である。だから雇用契約はなく、労働基準法や最低賃金法の適用は受けていない。受け入れ先の日本の会社は、それをいいことに、かれらを労働法が適用されない労働者、ヤミの労働者として使っている。
 一方の送り出し側の外国の企業はそれを承知でひとを集め、実際は出稼ぎ労働者として送ってくる。
 おたがいの政府が、「研修」の美名の衣を纏(まと)わせた「偽装研修生」として、入国管理局(入管)を潜り抜けて、入国させ、労働者として使用するのを黙認しているのである。

 わたしは、名古屋市郊外の自動車用電機部品(プリント基板)を製造しているM社の取材に行ったことがある。M社は2007年11月に、突然、仕事が減ったとの理由で、ベトナム人9人を解雇した。

 それに抵抗して残っていた3人は、1年の「研修」と1年の「実習」を終え、もう1年働けるはずだった。 
 相談を受けた愛知県労働組合総連合(愛労連)の榑松(くれまつ)佐一事務局長は、雇用保険の手続きをしたり、ビザを更新したり、新しい職場を探したり、大忙しだった。
 そのゴタゴタのさなか、M社が契約書では6万5000円だった「研修手当」を、6万3000円しか支払っていなかった、という事実が発覚して、「不正裁定処分」となった。 実習生の契約を更新させない、という入管の対応だが、外国から収入をもとめてせっかくやってきた労働者にしてみれば、働けなくなって打撃を受ける。

『いま、逆攻のとき』大月書店、2009年5月

写真=ベトナムの少年,Photo by Philip Jones Griffiths,Creative Commons license

「町会加入促進条例」をめぐって(編集部)

 「秘密保護法」と連動して、国民から人権や自由を奪う可能性のある法律や条例がつぎつぎに準備されています。その一つに「町会加入促進条例」があります。

 横浜市、京都市、埼玉県所沢市、八潮市などの数多くの自治体で「町会加入促進条例」が検討されています。この「町会」と、大掃除や盆踊りや祭りなどを主体的に運営してきたこれまでの自治会との間には、大きな違いがあります。
 東京・世田谷区では、反対運動がおこり、議会でも紛糾しているので、ここで取り上げてみます。  
 世田谷区では、区民の自治会加入率が約40%にまで漸減していて、地域内のつながりを深め、防災・自助・共助に役立てようという理由はたしかに成り立ちます。しかし、一方でここには多くの問題が残ります。

 現在の社会状況や区民のライフスタイルのなかで、地域的なつながりを求めたくないという人々が増えているのは事実です。単身生活や独居老人、収入格差の問題、また深夜の仕事に従事するなどで生活時間が違うなどもあって、自分のプライバシーにかかわってほしくない、自分のことは「ほっといてくれ」という住民が増えています。これは現在の都市型生活において避けがたいものです。こうした社会生活の変動をどう捉え、それに向き合っていくべきか。コミュニケーションのための良い解決策はないか。そうした問題の議論や了解がないまま、自治体が町会への加入を促進するための条例には違和感があるという市民が多いのです。
 「強制」は明記されてはいません。しかし、防災のための地域住民の組織作りのためといった明確な理由があるのでもなく、条例化して地域のつながりを深めましょうというのは、実態から乖離しているだけでなく、秘密保護法と同様に恣意的に拡大解釈される余地があり、住民を縛っていくような不穏さが潜んでいるのではないでしょうか。 

goya 1804 
画像=ゴヤ「1808年5月3日、プリンシペ・ピオの丘での銃殺」

 地域的なコミュニケーションというものは、強制によってつくられるものではありません。あくまで住民が主体的に防災計画や祭りなどのイベントを進めていく過程でつくられていくものです。押しつけによって、地域的なつながりが築かれることはありません。
 さらに「押しつけ」に不穏な気配を感じるのは、現在の政治状況と結びつくからです。秘密保護法制定、生活保護法の改悪、労働者派遣法改悪、すすまない福島第一原発事故処理にもかかわらず原発の再稼働と輸出へとかじを切るなどなど、国民を蔑(ないがし)ろにするような悪政がとめどなくおこなわれていくなかで、戦前の軍国主義国家への回帰が一気に進むのではないかという懸念をもつ人は少なくありません。

 現在条例化が図られている「町会加入促進条例」には、戦前の「隣組」が浮かび上がってきます。
 かつて隣組は、大政翼賛運動の末端組織として、地域住民の会話や行動の相互監視、また戸籍の管理などによって愚かな戦争遂行に多大な役割を果たしました。だからこそ、GHQは隣組の解散を命じたのです。そしていま、家族形態や社会生活のあり方が大きく変わっているにもかかわらず、個人ではなく家族を単位とした戦前の「隣組」の復活を狙う動きが現われています。
 日本人の体制順応的な心性は、社会の和を作るには威力を発揮します。しかし、民主主義を遂行する際、自ら考えそして判断し、異なる意見とは互いに考えをぶつけあい、そのうえで少数者や反対の意見を最大限に尊重した意思決定を行うという民主主義のあるべき姿にまでもっていくのは、それほど容易なことではありません。

 だからこそ、強制された隣組のようなものではない、主体的に市民が集まって、意見をぶつけ合いながら、未来を語ることのできる希望の場が待ち望まれるのです。(編集部 藤崎)

「終わらない公害」

 今年になってから、富山市と水俣市にでかけて「未認定」という言葉について考えさせられた。 
 ふたつの市は、イタイイタイ病と水俣病、このよく知られている公害病患者の映像によって、記憶されている。 

 といっても、それは、この二つの「奇病」が公害による、と政府が認定した1958年に、小学生以上だった人たちの記憶であり、それもヒロシマやチェルノブイリとおなじように、時間とともに風化しているのは疑いない。
 それでも、三井金属とチッソのコスト削減の操業が、猛毒を垂れ流し、いまなお、多くのひとびとの身体に潜んで、苦しみを与えている。 

 68年当時、テレビや雑誌や新聞は、神通川流域の農村女性や不知火海のほとりに住む漁民一家にあらわれた被害をさかんに報道した。カドミウムによって骨が脆くなって折れ、身体が萎縮したイタイイタイ病の痛々しさや、有機水銀によって手首がよじれ、身体が激しく痙攣(けいれん)する水俣病の姿は衝撃的だった。その映像の強さが、政府に重い腰をあげさせた。 
 が、悲惨さが強調されすぎたため、まださほど外見にはあらわれない潜在的な患者は、公害病に認定されなかった。むしろ、「ニセ患者」「補償金狙い」として攻撃された。 

 補償金削減のため、「認定基準」を厳しくし、「非認定患者」を大量発生させたのは、公害の論理の延長であり、政治的犯罪である。
 
『いま、連帯をもとめて』大月書店、2007年6月
写真=高山本線の鉄橋から撮影した神通川,Photo by ネプチューン,public domain


昨日12月17日、イタイイタイ病の被害者団体と三井金属が合意して、ようやく救済問題に決着がついた。朝日新聞の記事を引用する。

イタイイタイ病をめぐる経緯
 富山県神通川流域で発生したカドミウム汚染による公害病・イタイイタイ病で、原因企業の三井金属(本社・東京)と地元の被害者住民団体は17日、これまで賠償対象でなかった腎臓障害「カドミウム腎症」発症者の救済を盛り込んだ合意書を交わした。被害者側は、求めていた救済問題が決着したとして、三井金属の謝罪を初めて正式に受け入れた。
 合意内容では、1975年以前に汚染地域に20年以上住んだことがある人のうち、腎機能悪化の指標であるたんぱく質の尿中濃度が一定値以上の人を対象に、三井金属が健康管理支援の名目で、1人あたり一時金60万円を支払う。居住歴を満たすのは約8千人で、対象者は数百人程度が見込まれる。来年4月から申請を受け付ける。[引用ここまで]


この決着はひとつの指標になる。水俣病、そして福島原発事故の補償問題など、企業および行政側の責任を明確にして、すみやかな解決を図るべきである。病気で苦しむ被害者が死ぬのを待つような引き延ばしは許されない。(編集部)

最近の新聞記事から  「ベトナムに円借款960億円、原発輸出の見返り?」

 12月15日付、日本経済新聞は、東京で開催されたASEAN特別首脳会議での安倍首相の発言などについて、つぎのように報じている。

 安倍晋三首相は15日、東南アジアのメコン地域5カ国の首脳と相次いで会談した。ベトナムとは海上警察への巡視船の供与に向けた協議開始や約960億円の円借款で一致。各国のインフラ整備のため政府開発援助(ODA)の積極貢献も表明した。首相は同日で東南アジア諸国連合(ASEAN)との交流40年を記念した特別首脳会議の一連の会合を終えた。[引用終わり]

 ベトナムには、国際協力機構(JICA)を通じて2011年以降、2700億円あまりの円借款を行っている。今回の960億円をあわせると約3700億円に達する。他の国々に対する円借款とは比較にならない金額の大きさである。また対ベトナムということでも、国別では2位のフランスの3倍以上である。
 円借款の内訳はインフラの整備中心なので、原発輸出と直接の関係はないが、これだけの政府間借款があれば、ベトナム政府としては日本からの原発の輸入を拒否することは心理的に容易ではない。国民の税金をたっぷり使って、原発産業に有利なように導いているといえよう。
 急速な経済発展を遂げているベトナムでは、電力不足が深刻化し、2030年までに14基の原発を建設する予定である。そこに日本、韓国、ロシア、フランスなどが売り込みをかけるなかで、円借款によって原発売込みの後押しをしている、と見ざるを得ない。もんじゅを含めた原発推進もそうだが、これもまた原子力ムラが再び蠢きはじめたことを証(あか)している。
 さらにべトナムの原発は保守・管理がずさんで、安全性が疑問視されている。絶対的な危険性をもつ原発を、保守・管理の不確かなところに売り込もうとする、まさに死の商人の所業である。 


安倍首相が東京五輪支援に感謝 ASEAN首脳と夕食会 AKBも登場(産経ニュース12月14日電子版)

 公式の場で、なぜAKB48なのか。twitterなどでは「まるで北朝鮮の喜び組のようだ」といった批判の声が噴出している。

 
AKB48 2011年7月1日、Photo by kndynt2099,
the Creative Commons Attribution-Share Alike 2.0 Generic license.
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