読者からのコメント 10/8

TSさま
福島4号炉の問題
 10月1日付けのdeutsche Wirtschafts Nachricchten(ドイツ経済ニュース)で、福島の問題が報道されました。日本一国の問題を越えて、全世界を脅かす問題である。特に4号炉の核燃料棒の取り出しは、事故が起きれば地球規模の汚染である。
 東電には、これに向かう科学的、技術的力も、経済的力もないし、日本政府も解決能力を持っていない。原子力分野の世界トップの科学者や技術者の共同作業が必要だ。という内容でした。そのために、国連に対しての要請活動(核燃料棒の取り出しには、世界の救援を)などが紹介されています。(これは、既に始まっています)


衣笠書林@猫の生活が第一さま

 日本の歴史を知らなくても、未だに「穢れ」を忌む意識、異質物を排除する意識が多くの人に根強くあると。
 冤罪が明らかになった(足利事件の)菅谷さんを職場復帰させない空気が。未だに「奴は真犯人だ。うまいこと逃れた」という書き込みがネットに散見されます。おぞましい話です。

「紳士服AOKIのモラル」(10/7)
  多くの日本人が、徒党を組んで経営者に対立するような集団は特殊な思想を持った人の集まり、ストライキは反社会的行為だと思っています。
 労働運動を企業内の問題ではなく、労働政策を要求する学生運動、市民運動として構築する必要があるでしょう。

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「格差社会」は「差別社会」

 絶望的な若者の状況を、「ワーキングプア」、「格差社会」などの言葉でいってしまいがちである。が、「ワーキングプア」といういい方は、どこか差別的、自嘲的であり、「格差社会」は「差別社会」の婉曲話法である。 
 それぞれが、個人が落ちこんだ不幸のように考えられている。いままでもよくあった、社会の流れにうまく乗れなかったり、流れから外れてしまったりした、挫折のストーリーとして受けとめられているが、貧困は政策的につくりだされてきたものである。 

 1995年5月に発表された、日経連(現・日本経団連)の「新時代の「日本的経営」」が、終身雇用と年功序列型賃金を破壊する宣言として、よく引きあいにだされる。このとき、戦後50年目にして、日本経済を米国型市場原理主義に身を任せることにしたのだが、その前年、55年体制として自民党と対立(裏では協調)していた社会党は、自民党と連立政権(村山富市内閣)を組んで、それまで依拠してきた少数派労働運動や反原発などの市民運動家たちを切り捨てた。 
 労働者保護を標榜していた「日本的経営」の二大項目である、終身雇用と年功序列型賃金は捨てられたが、もうひとつの柱である「企業内組合」は、そのまま温存され、希望退職、出向、配転など、企業の「減量経営」に協力させられた。 

 すでに民間大企業を中心にした労働運動は、第二労務部、企業防衛のための組織になり果てていた。もともと企業内組合は本工中心だったが、「総評」を解体して形成された「連合」は、非正規労働者の運命についてはまったく無関心な、特権クラブと化していた。
 「新時代の「日本的経営」」は、「長期蓄積能力活用型」としてのエリート社員を企業の中核に据え、その下に専門職の「高度専門能力活用型」と取り替え自由の「雇用柔軟型」の社員を組み敷き、三つの階層に分断する、という露骨な政策だった。 
 このための「柔軟雇用」、あるいは「多様な雇用」を成立させるには、労働者を労働市場に放出し、それを好きなときに、好きな量だけ、雇用期間も勝手に自由自在に調達する条件が必要となる。その労働ビッグバンを成立させる法律が、1985年に成立した「労働者派遣法」だった。

 絶望的な若者の状況を、「ワーキングプア」、「格差社会」などの言葉でいってしまいがちである。が、「ワーキングプア」といういい方は、どこか差別的、自嘲的であり、「格差社会」は「差別社会」の婉曲話法である。 
 それぞれが、個人が落ちこんだ不幸のように考えられている。いままでもよくあった、社会の流れにうまく乗れなかったり、流れから外れてしまったりした、挫折のストーリーとして受けとめられているが、貧困は政策的につくりだされてきたものである。 

 1995年5月に発表された、日経連(現・日本経団連)の「新時代の「日本的経営」」が、終身雇用と年功序列型賃金を破壊する宣言として、よく引きあいにだされる。
 このとき、戦後50年目にして、日本経済を米国型市場原理主義に身を任せることにしたのだが、その前年、55年体制として自民党と対立(裏では協調)していた社会党は、自民党と連立政権(村山富市内閣)を組んで、それまで依拠してきた少数派労働運動や反原発などの市民運動家たちを切り捨てた。 
 労働者保護を標榜していた「日本的経営」の二大項目である、終身雇用と年功序列型賃金は捨てられたが、もうひとつの柱である「企業内組合」は、そのまま温存され、希望退職、出向、配転など、企業の「減量経営」に協力させられた。 

 すでに民間大企業を中心にした労働運動は、第二労務部、企業防衛のための組織になり果てていた。もともと企業内組合は本工中心だったが、「総評」を解体して形成された「連合」は、非正規労働者の運命についてはまったく無関心な、特権クラブと化していた。
 「新時代の「日本的経営」」は、「長期蓄積能力活用型」としてのエリート社員を企業の中核に据え、その下に専門職の「高度専門能力活用型」と取り替え自由の「雇用柔軟型」の社員を組み敷き、三つの階層に分断する、という露骨な政策だった。 
 このための「柔軟雇用」、あるいは「多様な雇用」を成立させるには、労働者を労働市場に放出し、それを好きなときに、好きな量だけ、雇用期間も勝手に自由自在に調達する条件が必要となる。その労働ビッグバンを成立させる法律が、1985年に成立した「労働者派遣法」だった。
『いま、逆攻のとき 使い捨て社会を越える』大月書店、2009年5月
写真=メキシコのブドウ労働者、photo taken by Tomas Castelazo, GNU Free Documentation License
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