お知らせ

波乱の一年でした。
新年はページの装いも新たにして、1月5日より再開いたします。
皆さま、良いお年をお迎えください。(編集部)
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「生きにくさの時代」 川田文子との対談

鎌田 (生きにくい指標の最たるものは、98年から自殺者が11年間連続して3万2000人ていど発生していることですね。この11年間だけで35万人以上です。戦争状態ですね。)こうした状況下ですから、本当に「生きにくさの時代」というキーワードどおり、力いっぱい働いて、日々の生活を切りひらいていくという方向がみえない、明日はどうなるかわからないというところに大半の人がいる、そういう時代なのです。
こういうことは、戦前は知りませんけど、戦後の歴史でははじめてだし、戦前だって、政治的抑圧があったり、戦争があったりして、いつ死ぬかわからないというのはあったでしょうけど、しかし、こんなに混沌とした、展望のない感じではなかったのではないかと思います。  

川田 生きにくさ、この言葉はもちろん現代の言葉だと思うんですね。
 わたしは1970年代に雑誌の編集部にいて、「日本の唄」や「唄のある女たち」という連載をしていた時期がありました。軍歌とか春歌とか子守歌とか、歌を通して当時の社会状況を追っていくという企画でしたが、子守歌のなかに、間引きをうたった歌が日本の全国各地に残っていることを知りました。
 たとえば、男の子が生まれたら取り上げて、女の子が生まれたらおっちゃぶせ、殺せという歌です。そのような間引きの子守歌を追っていったら、沖縄の石垣島のすぐちかくの竹富島に間引き墓があることを知りました。

 とってもきれいな島で、現在では観光スポットになってますが、大きいものでは30センチほどにもなるシャコ貝がある。生まれた子が産声を上げるか上げないうちに息を止め、埋めて、遺体がカラスなどに突かれないように、その貝殻をかぶせて墓標代わりにしたのが間引き墓です。 
 そんな話を聞いて竹富島を歩いていたら、あるおばあさんが、石垣に自生している豆を取っているんですね。なんていう豆ですか、と聞いたらヒンズー豆だと。
 竹富島は周囲9キロぐらいでしょうか、とてもちいさな島で、標高でいえば10メートルか20メートルくらい、平らな島で井戸を掘っても海水がでるようなところです。台風にはもちろん襲われるんですが、台風だったらまだサツマイモが生きている。ところが、旱魅(かんばつ)になるとサツマイモも枯れて、なにもなくなる。そんなときでも最後まで残っているのがこのヒンズー豆だと。竹富島は「餓死島」と呼ばれたけれども、食べるものがなにもなくなったときに食べた豆なんだよ、と教えてくれたんですね。
 
  写真=竹富島伝統的建造物群保存地区, photo by 663highland ,GNU Free Documentation License1.2

 竹富島のこうした過酷な状況というのは、薩摩の支配による重い人頭税のためでもあり、琉球王朝の支配も受け、その末端でひどい収奪を受けたことがより大きな要因です。そういう人為的な収奪にたいして無力で、厳しい自然災害によって生きられないという状況では、神にすがる以外になくて、竹富島では毎月のように祭りがあったそうです。
それが観光資源のひとつになってるんですが、なぜお祭りするかというと、ひたすら豊穣を願ってお祈りするしかなかった。

 その時代の生きられない状況と現在の生きにくさとを比較すると、質が違いますよね。かつての竹富島のような生きられない状況は、現在は、すくなくとも日本社会ではないですよね。いま、「生きにくい」ということはなにかといったら、社会がみえない、あるいは世界がみえない、そういうことなのかなと感じるんですね。
『いま、逆攻のとき 使い捨て社会を越える』大月書店、2009年5月
川田文子 
1943年生まれ。早稲田大学文学部卒業。ノンフィクション作家。農山漁村の女性や日本軍性暴力被害者の人生を記録する一方、保育問題や住宅問題、最近は若者のこころの病、とくに摂食障害について取材。著書に、『イアンフとよばれた戦場の少女』(高文研)、『自傷』『皇軍慰安所の女たち』『赤瓦の家』(以上、筑摩書房)、『女という文字、おんなということば』『インドネシアの「慰安婦」』『戦争と性』(以上、明石書店)、『授業・「従軍慰安婦」』(教育史料出版会)、など、共編著に『「従軍慰安婦」をめぐる30のウソと真実』(大月書店)がある。

最近のニュースから 「靖国参拝強行の夜、首相と会食」(編集部)

 「赤旗」12月28日(土)は「参拝の夜に首相と会食 首相の靖国神社参拝強行―」の見出しで、大手新聞社の幹部が安倍首相と26日の夜に会食したことをスクープしています。

 戦後の国際秩序に挑戦し、東アジアの緊張を激化させる暴挙に、国際社会と国際ジャーナリズムがいっせいに批判の声を上げました。その中で、事件の張本人と日本のマスコミが、夜の酒宴に花を咲かす姿には、強い疑問が投げかけられて当然です。 
 安倍晋三首相は靖国神社参拝を強行した26日夜、報道各社の政治部長らと東京・赤坂のホテルで2時間以上にわたって会食しました。首相は夜9時前にホテルを出ましたが、政治部長らはなかなか姿を見せませんでした。[引用ここまで]

 この決してあってはならない大手新聞社の姿勢は、事実、翌日の新聞の論評で「日本のために命を犠牲にした英霊に尊崇の念を表する首相の動機は大事」(毎日新聞)といった提灯記事に反映しました。
 クオリティペーパーとしての新聞は、政治権力の暴走や恣意的な支配を監視し、国民の大多数の側に立った報道を行う「社会の公器」でなければ、存在理由はありません。国家権力に唯々諾々と従い、以心伝心で政治権力者の思惑に沿った報道・論評をするなど、彼らにはジャーナリストとしての気概や職業意識があるようにはとても見えません。

 だいたい各紙の政治部長でありながら、近代史の最低限の共通理解すらもっていないのでしょうか。靖国は軍国主義(ファシズム)勢力に利用されてきました。そして若くして死ななければならなかった戦士の無念の思いがこめられた場所に、侵略を強引に推し進め、彼らになかば死を強要した戦争犯罪者たちが合祀されているのです。
 それは、決して繰り返すことの許されない愚かな戦争の正当化にもつながる負の側面をもっています。国土を荒廃させ、多くの国民の生命を犠牲にしたばかりでなく、東アジアや東南アジアの国々への侵略行為を正当化し、おまけにかつて植民地にした国々の戦士の霊をも祀っています。そんなことを異国の霊が望んでいるはずもありません。

 大手新聞の方々に必要なのは、ときの政治権力に阿る(おもねる)ことではないはずです。権力から距離を保ち、深い教養に裏づけられ、国民や世界の平和や安定のために必要な報道をたもっていくことがなにより重要なのはいうまでもありません。
 かつてのファシズム体制のもとで、全滅しても勝った勝ったという大本営発表をたれ流し、ウソの報道で国民を欺いてきた、あの二の舞を繰り返してはならないという自覚を、もってはいないのでしょうか。高い使命感をもつことをこころから期待します。 (編集部・藤崎)

核燃料最終処分、楽観すぎる研究者

  北海道羽幌町へ行く用事ができて、日本最北の稚内空港から日本海側を南下した。例年なら秋冷の気候のはずだが、まだ暑さが残っている。

 迎えにきてくださったYさんにお願いして、幌延(ほろのべ)町の「地層処分実規模試験施設」の見学に立ち寄った。 
 幌延は岐阜県土岐市の「東濃地科学センター」と並ぶ「使用済み核燃料」最終処分の研究で知られている。
 30年前、その両方を取材でまわったのだが、そのとき、ここは買収されたばかりの農家に、有刺鉄線が張りめぐらされ、「立ち入り禁止」の高札があった。ふたりのガードマンが警戒していた。 
 いま、地下350メートルまで、3本の立て坑が掘削され、最終的には500メートルの地底に、6平方キロメートルの横穴が掘られる。そこに高レべル放射性廃液をガラスで固めた、4万本もの「ガラス固化体」を埋設する研究である。 

 しかし、道と幌延町は「実規模試験」は認めているが、放射性廃棄物の持ち込みは許可していない。いまや見通し困難な青森県の「再処理工場」で、生産予定のガラス固化体が鉄製の容器に入れられ、ここに運ばれる。 
 それが地下水で移動しないように、ベントナイトの布団状「緩衝材ブロック」で包み込む。が、すべて架空の話である。 
 布団蒸しにされた、ガラス固化体の模型を眺めながら、大地震があっても、これで10万年も保存できると考える、研究者たちの無責任な楽観性に驚かされた。
本音のコラム(東京新聞、2012年9月18日)

写真=幌延にある音類風力発電所,taken by achappe, クリエイティブ・コモンズ 表示 2.0 一般ライセンス

靖国問題と言論へのテロ(後)

昨日の「靖国問題と言論へのテロ」の続きになります。

 日本の議会政治は、その出発以来、板垣退助、大隈重信などのテロ受難を経て、近年でも、浅沼稲次郎刺殺、河野一郎宅への放火、宮沢喜一首相私邸前での割腹自殺未遂事件など、右翼の攻撃を受けている。
 言論へのテロとしては、中央公論社長宅での刺殺事件、朝日新聞阪神支局への銃撃事件などがあり、小泉首相の靖国参拝をめぐっては、小林陽一郎富士ゼロックス会長宅への銃弾の郵送や火炎瓶の置き去り、日本経済新聞本社への火焔瓶投入などの脅迫事件が続き、そのあとに加藤紘一議員宅への放火と割腹自殺未遂が発生したのである。 

 靖国神社への小泉首相の参拝が、右翼妄動のチャンスをつくり、それをもちあげる右派マスコミや評論家が、排外主義とナショナリズムを煽り、結果として右翼の決行をうながしたのだ。その意味でも、小泉首相の論理性のない感情的な行動が、日本の暗部に伏在していた野蛮さを外に引きずりだした。その責任は大きい。 

 小泉首相が、この言論にたいするテロへの批判をしたのは、事件から13日もたった、8月28日になってからだった。
 「首相の靖国参拝がナショナリズムを煽っているとは考えないか」との記者団の質問をかわして、彼は、「よその国に煽り立てられ、よその国を煽り立てるような報道は戒められたらよろしいのではないか」とマスコミ批判に矛先を転じた。テロを批判しながら、同時に報道をも槍玉にあげた。この不徹底、無反省は彼が自己中心主義だからである。 

 一方、安倍晋三官房長官(当時)も、やはり13日もたってから、記者団に質問されて、ようやくおざなりのコメントをだした。 
 このように、政権を握っているものが、言論へのテロを、民主主義への挑戦と受け止め、徹底した批判をできないのは、右翼に対して甘いからだ。歴史に無知であり、飼い主の手は噛まない、と高を括っているからだ。 

 まして安倍官房長官は、『文藝春秋』2006年9月号で、「国のために命を捨てる」と語っている。また、ベストセラーとなった同社刊行の『美しい国へ』でも、「国を守るために命を捨てる」と書いていて、まるで、テロリストか特攻隊のような、命の安売りを奨励している。靖国神社擁護論の行き着く先である。
 これらの言動が、テロを批判せず、バックアップしているとも言える。 マスコミのなかでの、戦略的な、靖国と愛国主義との連動が、右翼の活動の場をつくりだしている。いま、勇気をもって、テロに対時する言論を擁護する時期である。
『いま、連帯をもとめて』大月書店、2007年6月

写真=安倍晋三官房長官(当時)2006年9月24日,Photo by Eckhard Pecher,the Creative Commons Attribution 2.5 Generic license.

地域住民の活動が民主主義を甦らせる(福島瑞穂との対談)

福島 社民党がどう考え活動しているのかという動きがダイナミックに伝わる政党をつくりたいと思います。私も地方に視察に行く機会は多いのですが、ただ視るだけではなくて、もっとその地域の人たちの話を聞かなくてはいけないと思いますね。 

鎌田  日本も少しずつだけれど変わってきて、各地で住民投票が実施されています。その結果、中央官庁が行う公共事業を、地域住民の意思でストップがかけられる時代にもなった。 
 あちらこちらのダム建設は今止まったままだし、諌早湾のことについても水門の閉鎖は止められなかったけれど、拡張工事は進んでいませんし、原発の計画も中止が相次いでいます。
 ひと昔前はそういった運動は政党や労組が中心に行われていましたが、あまり実効性を持ち得なかった。
 今は地域に住む住民が、自分たちの生活に密着した問題として考え、立ち上がって成果を収めているのです。 

福島  おっしゃる通りで、どこまでそういった土台を社民党が楽しく豊かに耕せるかでしょうね。 

鎌田  再建とか地域おこしというと、すぐみんなホームランを打とうとするので、「一村一品」などと言って、無理やり名産品をつくりあげて勝負しようとします。でも一品がない一村もたくさんありますから、僕は「一村百品」という言い方をしています。
 いろいろな意見を持っている人に集まってもらい、多くの考え方のなかから問題を一つずつ解決すればいいのだから、ホームランのような一発逆転ではなくて、振り逃げでもデッドボールでもいいから塁に出ようという構想が必要でしょう。地域のなかにそういう意識を芽生えさせなくてはいけない。 
 社民党はイデオロギー集団ではないのですから、市民一人ひとりの感覚を大事にして、人間が人間らしく生きていくための運動を実践することが、その代表として国会に議員を送り込みたいという有権者の感覚にもつながっていくのではないですか。  

福島 たしかに地道な活動が必要でしょうし、私もそういう活動をしていくつもりです。でも悩ましいのは、目に見える形での急激な変化を望まれるのですよね。 
 一から出直すということを、もっと街頭宣伝などで発言すればいいのかな。やっぱり伝わりきれていないのでしょうか。 
 基本的人権の部分はもちろんだけど憲法九条は絶対に変えない、変えさせないという姿勢を繰り返し打ち出すなかで、社民党が変わったところを分かってもらいたいのですけど、これは私の認識が甘いのかもしれませんね。 
 私たちは「強い日本」を望んでいません。女性や高齢者、子どもたち、ハンディキャップのある人、働く人のための政党を社民党は目指していて、ごく普通に働き、子どもを育て、歳をとっていこうという普通の人ヘメッセージを送っているつもりですけれど、そこもつながっていないのですよね。

鎌田 今の日本の国づくりは、大国を指向したもので、政府はある種虚勢すら張った国を意識的につくっています。アメリカと同じような国を目指すことが日本にとってどういう意味を持つのか、アジアのなかでどう受け取られるのか、その議論がないまま、ここまできてしまいました。 
 いろいろな組織の壁はあるけれど、投票するのは個人なのだから、社民党は組織の壁を超えて、個人にたいして明確な主張を伝えるべきだと思いますね。 
 今どき組織の決めた通りに選挙に行って投票する人はあまりいませんよ。それは、組織に不満があるからです。けれど、組織の壁の向こう側にむけて、個人に希望を与えるようなメッセージを、社民党は大胆に発してこなかったのではないでしょうか。

写真=編集部撮影

靖国問題と言論へのテロ(前)

 自民党元幹事長・加藤紘一衆院議員宅への、右翼による放火テロは、小泉首相(当時)の六回目の靖国参拝強行のあとを受けて決行された。 
 この事件は、2006年8月15日の夕刻、山形県鶴岡市の加藤議員の生家に忍び込んだ右翼の男が、放火して割腹自殺を図ったものである。その日の朝、小泉首相は、国内、国際世論を踏みにじって、靖国を参拝していた。この関連性は疑えない事実だ。 

 小泉首相は、「公約の実行」とうそぶいていた。公用車を使用し、モーニングを着用、「総理大臣小泉純一郎」と記帳したのだから、あきらかに憲法が定めている、「政教分離」への挑戦だった。
 自分の支持者にむけて参拝を誇示するために、国の規範を足蹴にする。本末転倒である。一国の首相が、「公」よりも「私」を優先するなど、あってはならないことだ。 

 まして、靖国神社は、戦争に動員された兵士たちが、「生きて虜囚(りょしゅう)の辱(はずかしめ)を受けず、死して罪禍の汚名を残すこと勿(なか)れ」との「戦陣訓」通りに、天皇のために死ぬ、マインドコントロールの装置だった。
 その靖国への参拝を批判してきた加藤議員の事務所と住宅に放火した65歳の右翼男は、高名な政治家への自爆テロによって、おのれの名を上げようとしたのだ。 

 この事件は、六たびにわたって強行された小泉首相の暴挙に励まされて起こされた。靖国神社にささえられた日本軍に、侵略されつづけてきた、韓国や中国の人びとたちの抗議に対して、小泉首相は、改めることなく、敵意しかみせなかった。
 小泉首相の排外主義的な言動が、ナショナリズムを引き出している。あたかも、特攻隊のような参拝の強行が、カッコいいと支持されている。 
 右翼男の攻撃は、このようなアナクロニズムの言動に力をえて実施された。首相の参拝を批判する言論にたいする放火テロは、民主主義の基盤への攻撃であり、その住宅に住む95歳の母親の命を脅かすものであり、自分の名を上げようとした売名行為として、きびしく糾弾されなければならない。(つづく) 

『いま、連帯をもとめて』大月書店、2007年6月

写真=靖国神社、2008年2月23日、Photo by tokorokoko, GNU Free Documentation License1.2

再稼働反対 国会大包囲 2013/12/22

 今日、ご覧のとおり、国会はわたしたちの力で包囲されました。これは60年安保闘争以来の快挙です。
 さらに、さらに大きな運動に広がっていくためのスタートです。

 いま菅元首相は、民主党政権が2030年に原発ゼロということを決めた、とおっしゃいました。しかし2030年にゼロと民主党政権が言ったのは、わたしたちの反対の力です。わたしたちの反対があったから2030年と言ったけど、わたしたちは2030年ではすまない。すぐ「原発ゼロにしろ」という運動です。(そうだ!)

 そういうわたしたちの運動を、安倍政権がまったく無にしようとしています。これは絶対許せない。これはわたしたち人民がたたかってきた闘いに対する挑戦です。
 この恥知らずな政権を、早く叩き潰す。これは「愛国」政府といってますけど、亡国政府です。日本をつぶすために再稼働しようとしている。そして日本をつぶすために、再処理工場も「もんじゅ」も、そして大間もやるといっている。

     

 しかし、これは絶対できない。わたしたちの力でできないこともあるし、技術的にももう無理です。六ヶ所村の再処理工場を見てください。もう21回も延期しています。もうとっくに稼働しているはずですけど、故障続きでにっちもさっちもいかない。
 一方の「もんじゅ」はどうか。「もんじゅ」もまったく見通しがつかない。
 大間も、じつはまだ原子炉も何も入っていない。ただドンガラ、建物ができているだけです。なにもできていない。これも進んでいない。それにもかかわらず、彼らは原子力をエネルギーの基盤にすると言っています。なんと現実を知らない連中なんだ。(そうだ!)

 わたしたちの方に正義があります。絶対にわたしたちが正しい。なぜかというと、これは広範な声です。安倍政権の声は少数の声です。われわれが90%で、彼らは10%です。この力によって、絶対つぶす。

 ここまで盛り上がってきた運動を、さらに正月明けてから徹底的にやっていきましょう。3月福島で集会をひらき、3月15日にまた日比谷野音でやります。
 そして、フクシマから被災者を中心に東京に「押し出し」てきます。これはかつての谷中村の農民の苦悩を背負って、被災者の農民がいっしょに東京をめざす。そういう大行進をいま計画しています。
 皆さん、いっしょにやりましょう。まだまだ力は抜かない。徹底的にやりましょう。この国家秘密保護法があってもこわくない。徹底的にやって逮捕されましょう。監獄を満員にしましょう。だいじょうぶです。がんばりましょう。
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